ほんとうは怖~い源氏物語(6)
桐壷の巻、前半の山場は更衣の母の延々と続く悲嘆の叫び。そして、葬送の場面。更衣は平安時代に正式な葬送の場に定められた鳥辺野の愛宕(おたぎ)で火葬されました。
当時、火葬してもらえるのは上級貴族だけ。高価な材木が必要、木を切り倒して運ぶ人足(労務者)が必要。木を燃やす油が必要。どれも凄い贅沢なことだったのです。
庶民はその辺に投げ捨てられた。野良犬に亡骸が食われることあり、(今昔物語に書かれている!)鳥が肉片を加えて空に上ってゆくことはしょっちゅう。これは魂が空に上ると思われ、とてもおめでたいことだった!
お墓を持てるのは上級貴族だけ、上級国民だけ。庶民がお墓を持つようになったのは、最近のことです。
とにかく皇族かよほどの高位高官の官僚でなければ火葬など出来ないのですが、更衣は手厚く火葬してもらいました。帝の心からの愛情です。
ところで実在の皇妃定子は遺言で火葬を拒否、次の歌を遺して逝きました。
☆煙とも雲ともならぬ身なりとも草葉の露をそれとながめよ
なぜ火葬を拒否したか。自分を守ってくれなかった一条帝へのせいいっぱいの抗議という説があります。
帝は更衣が死んでから「ああ、女御にしてやれないまま死なせてしまった。可哀そうに」と泣き崩れます。それぐらい女御と更衣はランクが違う。弘徽殿の女御は、女御という名が付くだけで辺りを圧する存在なのです。
それなのに、後継ぎのはずの長男ともども帝に無視されていた~そりゃ怒るでしょう。更衣に意地悪をしたくなるでしょう~
恋に溺れた帝を長恨歌の玄宗皇帝になぞらえることから幕が開いたこの巻、帝の悲しみの場面では長恨歌を散りばめています。帝自身、長恨歌を引いた歌を詠みます。
当時の読み手は「ワッ。すごいぞよ。これは長恨歌であるぞ。紫式部は長恨歌を丸暗記していたんだ~」と驚きました。
ところで源氏物語最終巻『幻』(その後は宇治十帖)はやはり長恨歌を引いた源氏の歌で幕を閉じます。桐壷の帝と息子光源氏の歌はほとんど同じ!
冒頭の巻の周到な伏線がここで完結したのです。やっぱり紫式部は前代未聞の大天才。三島も川端も、その他どの作家も足元にも及ばないスゴい天才作家なんです。
わたしたちは、そもそも長恨歌を読んでいない。解説を読んでやっと、ああ、この文は長恨歌をなぞっているんだ、と分かったような顔をするけれど、何も分かっていない。ここに絶望的な文化の断絶がある!
「日本語だ。分からんはずがない」と元気いっぱい源氏に食いついた人たちのほとんどが、なんと、冒頭の桐壷でバタバタ脱落。長恨歌の深い意味が分からない~だからなんにも分からない~
「源氏モノガタリってつまらない」と、つぶやいて、とぼとぼ退散することとなります。
でも、長恨歌に関係ない部分の表現は源氏物語随一の美しさ、と絶賛されています。帝のお使いの女官が更衣の母の屋敷に入ってゆく場面。
☆「門引き入るるよりけはひあはれなり(略)草も高くなり、野分にいとど荒れたる心地して、月影ばかりぞ、八重葎にもさはらずさし入りたる」
背筋も凍るような名文と、千年もの間、言われています。声を出して読むとたしかに綺麗~。情景が影絵のように浮かぶ~
紫式部は和歌を「大和言の葉」(やまとことのは)、漢詩を「唐土の詩(もろこしのうた)」と表現。当時は漢詩と和歌が貴族たちの必須教養だったのですね。
ところで話は脱線しますが、平安時代の半ばごろまでは、宮中内で使われる言葉はかなり中国語に近い発音で、現代人には外国語のように聞こえる!(金田一春彦説)
ですから、冒頭の文を当時の人の発音に近づけると、
☆「インヂュレノ オホントキニキャ ニャンゴクァンイ アンマタ シャブラフナカニ イ~トヤンゴトナキキハニハ アラネド シュングレテ……」
光源氏は「フィカルグェンジ」薫の大将は「クンタイチャン」と発音されたであろう(金田一春彦説)。これ、かなり鹿児島弁の発音に似ているのです。
わたし、鹿児島出身だから分かります!
鹿児島弁の発音は韓国語に似ていると言われていたそうです。平安時代、韓国はクダラとかカラクニと呼ばれ、中国文化が渡って来る橋の役目を果たした。
鹿児島弁の発音が平安貴族の使う発音に似ている根拠として、薩摩藩は、長い間、厳しい鎖国(鎖藩?)政策を取ってきたから、残ったのではないでしょうか。
ちなみに『平安朝日本語復元による試み』(DVDではなく昔のテープ版)(金田一春彦著)は絶版ですが、タイトルと出版社を替えて密かに生き残っているとうわさで聞きました。
わたしは、絶版になる前に入手した!。すごく高かった!。飾っておいてはもったいない。公民館やサークル、カルチャースクールで使いまくり、テープが磨滅して、もうダメになる~
部屋を暗くして、テープでこの出だしを聞くと、背筋が寒くなる……なんか出てきそうで……。インヂュレノ オホントキニキャ~~
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