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最後の授業

カルチャースクール横浜校がこの3月で 閉校となる。講師として係わったのは横浜校が最初だった。2002年4月。桜木町駅に降り立ち、摩天楼のようなランドマークタワーを見上げた最初の日。

あれから20年。生まれた赤ちゃんが成人になるまでの歳月, 月1回、横浜を訪れた。

横浜界隈でのショッピングも食事もなし。ひたすら往復する。教えることと通勤だけで全エネルギーを使い果たした。

それでも、24階の海の見える教室にいるとヨコハマを感じた。10年目ごろに隣のランドマークプラザに引っ越した。今度は窓のないr教室だったが、行き帰りは、今までと同じように壮大な歩道橋から観覧車や船の帆柱などを見ながら歩いた。

絵葉書のような光景だった。

思えば、最初の生徒さんは全員70歳代だったと思う。90歳になるまで受講してくれた方もいたが、2年前に亡くなられ、初代の生徒さんは一人になった。

長引くコロナの嵐。

それでも何とか教室は続いた。今期は13人の方が受講してくださった。だが、コロナで生徒数が激減。カルチャースクール全体の経営が耐えられなくなったのだ。

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20年間、240回の授業.。それは私の人生の骨格であり、彩だった。

朝五時に起きて、バスに乗り、電車に乗った。絶対に遅れないように、1時間の余裕をもって家を出た。地震、台風、電車の事故……長い間にはいろいろあった。

何があっても、受講料を払っている生徒さんのための授業、休んではいけないと自分を励まし続けた。

くじけそうになると、娘が背中を押してくれた。誰でもできる仕事ではない。やめたらそれで終わり。もったいない。頑張って続けたほうがいいよ。

そんな長い歳月にさようなら……

今まで私を温かく支えてくれた生徒さんたち、ありがとう。スタッフさんたち、ありがとう。がんばりぬいた私の体、ありがとう。

最後の授業の幕が下りた。

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ひまわりの花束を手に舞台を降りる。

心に浮かんでくるのは、遠い昔、何かで読んだコクトーの詩。

私の耳は貝の殻 海の響きを懐かしむ (堀口大學訳)



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