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わたしの出会った判事たち ー5ー

そこにいるだけで(1)

わたしの記憶では、平成15年目ごろから女性判事は珍しくない存在となった。
今では女性判事の方が多い裁判所もあると思う。
だが、わたしが調停委員に就任したころは女性判事はとてつもなく珍しい存在だった。

平成になっても時代は昭和と変わらなかった。

年号というのは、天皇の即位によって「呼び名」が変わるだけで、時代や社会の価値観がそこを区切りに変わるということではない。そう感じるようになったのは最近だが。

A判事は独身女性だった。
いつも地味なスーツを着ていたが、眼鏡ストッパーだけはとても華やかでお洒落だった。

静かな小さな声で調停委員に手短な指示を下す。わたしたちには一歩壁を作っていて厳しかったような気がするが、わたしは彼女が好きだった。
今なら最高のキャリアウーマンだ。

しかし、当時は、オンナが独身で働いているというだけで、冷ややかな目で見られた。
「オンナはやっぱり結婚しないと」「子供産まないと、人の気持ちなんかわからないよ」「A判事は独身で子供いないから当事者の気持ちが分からないんだよ」
控室でちらとそんな会話を耳にすることがあった。

これ、今なら間違いなくセクハラ!

「オトコはやっぱり結婚しないと」「子供作らないと、人の気持ちなんかわからないよ」「○○さんは独身だから人の気持ちが分からない」なんて、オトコには言わないでしょう。

今でも、オンナはやっぱり結婚しないと、という考え方は生きている?すっかり消えた?

A判事はここまで来るのにどれほど努力しただろう。地位ある女性は男性の十倍は努力しているのだ。

オトコはオトコというだけでオンナより地位が上に行ける。でも判事はそうはいかない。

A判事の『判事』という地位は努力の結果なのだ。
わたしたちに厳しくて当然、わたしたちに壁を作って当然。それだけの実力のある人なのだから。

実力のある女性、オトコより地位のある女性は今でも、風当たりが強いのかな。どうなんだろう。ホントのことを知りたい。

ある日、評議が終わって判事が部屋を出て行くやいなや、オトコ委員がつぶやいた。
「女のくせに理屈っぽい。だから嫁にいけないんだ」
耳を疑った。目の前が真っ暗になった。
な、なに、この言葉!

まだ新任のわたしがベテランのオトコ委員に反論するなどできない。顔で笑って「ではお先に」だけ言って部屋を出た。

いちいち、こんな言葉に反応したり疑問を持つようでは、この仕事やっていけない。どうでもいい、と受け流さなければ。

でも、あの発言はおかしい。偏見だ。A判事が可哀そう……。

「可哀そう」という感じ方は間違っている、と今では思う。でも、その時はそう感じたのだ。

暗い気分で廊下を歩いているとA判事に出会った。わたしはどぎまぎしながら会釈した。すると、

「さっきはご苦労さまでした」

判事は優しい笑顔で言った。そこにいるだけで、女性のパイオニアを感じさせる一輪の花……わたしにはそう思えた。


 


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