見出し画像

彼女が悪魔だと思っていたけど、実は私が悪魔だった件

ここ13か月連続で、近所をジョギングしています。使っているアプリには「おめぇさんのはジョギングじゃなくてウォーキングだぁな。ジョギングってぇのは、もっとはええペースで走らなきゃいけねえのさ。わかるかい?」なんて言われていますが、まぁ自分ではジョギングのつもりです。

で、私が走るエリアっていうのが、もう明らかに空気がちがいます。すれ違う年配の方々は9割がたビッコだし……電信柱に寄っかかって、物陰に座り込んでいる方がいたり、ハローワークの前にテント張って住んでいる人も少なくない……そんなエリアです。

おそらく10年後くらいに妻に見放されて離婚を言い渡される僕は、もちろん妻や子がいなければ労働なんてしたくないわけで、そのエリアの簡易宿泊所へお世話になるのかもな……で、そこもいつかは追い出されて、生活保護を受けながら、昼間から道路脇に座り込んで、虚空を見つめて過ごす……そんな一人になる自分を想像しながら走っていくんです。

でも昨夜は、たったったったっと走りながら、こんなことを考えていました。

◆◆

ものすごく差別的なことを言いますが、このエリアの人たちは、なにせ覇気がありません。同時に気配がないんです。だから道路脇に座り込んでいる人がいても、本当にそばまで行かないと、その存在に気が付きません。何度か、人が座っていることに突然気がついて「うわぁっ!」と、思わず声を上げたこともあります。

それでも私は暗い街を、たったったったっと、走っていきます。

突然、目の前の小さく暗い路地から、すぅ〜っと気配もなく人影が現れました。私は、ふらぁ〜っと現れた人影に、当たる! と思って、よけようとしたのですが、惰性を消しきれずに、その物陰にドスンっとぶつかってしまいました。

当たると同時に私は反射的に「すいません!」と声を上げました。か細い人影は、私に当たって倒れていきました。その人影がよろめいているのを助けようと、私は人影に手を差し伸ばそうとしました。急ブレーキをかけた足に、再び力を込めて、もう一歩前へと進もうとしたんです。

その時、よろめいたのは私の方でした。よろめきながら、みぞおちに感じる熱い熱い激痛に一瞬も耐えられませんでした。人影を助けようと左足を一歩進めたつもりでいましたが、その足は完全に停まっていて、惰性で前方に進んだ上体が、アスファルトの道路に向かって、コントロールを失っていたんです。

差し伸べようした手が地面を触れ、次には腕が、顔が、胸が、アスファルトに叩きつけられました。「うぅぅぅ……」とうめくのがやっとでした。どっくんどっくんと心臓の鼓動だけを感じました。同時に脇腹の熱さや痛みは感じなくなっています。「あ……うぅぅぅ……」とうめいていると、私の目の前にお尻を地面につけて座っている、歯が抜け、顔が垢で黒ずんだおじさんが、青白い街頭に照らされていました。私のことを見ているようですが、焦点は私には合っていないようです。それでも私の視線に気が付いたのか、ニヤリと笑みを浮かべたような気がします。彼の左手には瓶が握られていて、だらんと地面に垂れた右手の先には、テカテカと赤く鈍く光るものが落ちていました。

どくん…どくん…どくん…

虚空を見つめていたおじさんの目が、少しだけ目の前に倒れている私に目を向けたようでした。人が倒れていると認識したわけではなく……なにか無価値なモノが風に運ばれてきたな……といった雰囲気でした。

どくん…どくん…どくん…

私の視界は徐々に霞んできて、瞼が重くてしかたなくなってきました。身体のどこにも力を入れる気力がなくなり、意識がどこか遠くへ運ばれていくようでした。

それでも首を横に倒して、最後にしようと思いながら、おじさんの目を見てみました。目の前で起こっていることに、なんの感慨も抱いていなさそうです。

そんなおじさんの姿を見たら、なんだか笑えてきました。そうだよな…おじさんには、私が居ようが居まいが関心はないんです。私が存在しても存在しなくても、そんなことはどうでもいいんだよな。もうろうとする意識のなかで、ケラケラと笑い出してしまいました。おじさんにとっては、私はゴミに等しいというか、まだゴミの方が興味が湧く対象になり得るんです。くっくっくっくっと心のなかで笑っていると、おじさんがなにかつぶやいたようでした。不意のことだったのと意識がもうろうとしていたのとで、聞き逃してしまいました。でも、何度も同じことを呟いているようでした。

オマエ…ダレカニ…コロサレ…タカッタンダロ……

オマエ…ダレカニ…コロサレ…タカッタンダロ……

なんだこのおっさん……知ってたのか……知ってて、殺してくれたんだな。ありがとう……。この世の中で、私のことを一番分かってくれているんだな。ありがとうございます。

◆◆

新宿の歌舞伎町では、銃声が轟いて、人は派手に殺されるようですが………私が走っている街は、人はひっそりと殺されたり、死んでいったりします。

そうやって、ゴミみたいに死んで、側溝に捨てられて、枯れ葉とかと一緒に風化していくっていうのも、素敵な最後かもしれないなぁ。

◆◆

さぁ、今日もあの街を走ってみようっと。おじさんに会えるかもしれないから。

あぁそういえば、タイトルとは全く関係なさそうな話だけれど、まぁ私の中では、関係なくもないんですよね。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?