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チャタレイ夫人の恋人 D.H.ロレンス 猥褻文書として裁かれた 12章 その1

アンリ

猥褻として指弾された「チャタレイ夫人の恋人」の箇所は、単行本五十ページにも及ぶ膨大な量だが、その全文をあますところなく英文と、伊藤訳、羽矢訳を打ち込んでいく。このページはさまざまな読まれた方をするだろう。猥褻文書とはなにかという法律的探究、作家を志す人には性の描写を(女性の読者からはロレンスの性描写は女性の感性で書かれていると)、あるいは英語学習には最上のテキストになる。それにしても訳者によって全く違った小説になってしまうことが、打ち込まれるテキストによってわかるだろう。翻訳者の力量によって、名作が駄作になるという恐ろしい現象も現れる。いま日本の文芸の世界にはそんな嵐が吹いている。
さて、あなたはどのような日本語で翻訳するのだろうか。

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Lady Chatterley's Lover
D.H.Lawrence


Chapter12
And she went with him to the hut. It was quite dark when he had shut the door, so he made a small light in the lantern, as before.
"Have you left your underlpings off?" he asked her.
"Yes!"
"Ay, we? then I'll take my things off as well."
 He spread the blankets, putting one at the side for a coverlet. She took off her hat and shook her hair. He sat down, undoing his shoes and gaiters, and taking off his cord breeches.
 "Lie down them!" he said when he stood in his shirt. She obeyed in silence, and he lay beside her and pulled the blanket over than both.
 "There!" he said.
 And he lifted her dress right back, till he came even to her breasts. He kissed them softly, taking the nipples in his lips in tiny caresses.
"Eh, but tha'rt nice, tha 'rt nice!" he said, suddenly rubbing his face with a snuggling movement against her warm belly.

(羽矢謙一訳)
 コニーは森番について小屋にいった。森番が戸を閉めると完全に暗くなったので、森番は、前とおなじように、角灯に小さなあかりをともした。
「下着をとってきましたか」と森番はコニーにきいた。
「はい」
「ああ、それじゃあ、ぼくもとりましょう」
 森番は毛布をひろげ、上掛けのため横にひとつ敷いた。コニーは帽子をとり、髪を振った。森番はすわり、靴とゲートルをはずし、コールテンのズボンをゆるめた。「じゃあ、おやすみなさい」と森番は、シャツのすがたで立ったまま、いった。コニーはだまっていいなりになると、森番もコニーの横に身をよこたえ、毛布をふたりの上にかぶせた。
「これでいい」と森番はいった。
 森番はコニーのドレスを乳房のあたりまでまくしあげた。乳房にそうっとくちづけし、乳首をくちびるにくわえてかるくなでた。
「ああ、あんたはすてきだ、あんたはすてきだ」と森番は、とつぜんすがりつくような動きでコニーのあたたかいおなかに顔をすりつけながら、いった。


(伊藤整訳)
 彼女は彼といっしょに小屋に行った。扉を閉めると真暗になったので、彼は前のようにランプに小さな灯をともした。
「下のものはとって来ましたか?」と彼は訊ねた。
「ええ」
「それなら──僕も取ろう」
 彼は毛布を拡げ、一枚は覆いにするために取り除けた。彼女は帽子をぬいで、髪を振った。彼は坐って靴とゲートルを取り、コール天のズボンをぬいだ。
「じゃ横になって」とシャツだけで立った彼は言った。彼女は黙ってそれに従った。彼は彼女の横に寝て、毛布を二人の上に掛けた。
「さあ!」と彼が言った。
 彼は彼女の服を胸のところまでまくり上げた。それから乳房に柔らかく接吻し、乳首を口に含んで細かに愛撫した。
「おめえはいい女だ、おめえはいい女だ!」と彼は突然、彼女の暖かい腹部に顔をすり寄せるようにして言った。

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 And she put her arms round him, under his shirt. But she was afraid, afraid of his thin, smooth naked body, that seemed so powerful, afraid of the violent muscles. She shrank, afraid.
 And when he said, with a sort of little sigh: "Ay, tha 'rt nice!" something in her quivered, and something in her spirit stiffened in resistance: stiffened from the terribly physical intimacy, and from the peculiar haste of his possession. And this time the sharp ecstasy of her own passion did not overcome her, she lay with her hands inert on his striving body, and do what she might, her spirit seemed to look on from the top of her head, and the butting of his haunches seemed ridiculous to her, and the sort of anxiety of his penis to come to its little evacuating crisis seemed farcical. Yes, this was love, this ridiculous bouncing of the buttocks, and the wilting of the poor, insignificant, moist little penis. This was the divine love! After all, the moderns were right when they felt contempt for the performance: for it was a performance. It was quite true, as some poets said, that the God who created man must have had a sinister sense of humour, creating him a reasonable being, yet forcing him to take this ridiculous posture and driving him with blind craving for this humiliating performance. Even a Maupassant found it a humiliating anti-climax. Men despised the intercourse act, and yet did it.


(羽矢謙一訳)
 コニーは腕を森番のシャツの下からからだにまわしたが、コニーはこわいと思い、やせて、なめらかなからだを、じつに力づよい感じのする、このはだかのからだを、こわいと思い、あらあらしい筋肉をこわいと思った。コニーは、こわいと思って、ひるんだ。
 森番が、小さなためいきをつくような声で「ああ、あんたはすばらしい」といったとき、コニーのなかのになにかがうちふるえ、コニーの精神のなかのなにかが抵抗して硬直し、すさまじい肉体の密着をさけ、森番の所有しようとする独特の性急さをさけて、硬直した。このたびは自分だけの激情の陶酔に征服されることはなく、コニーは両手を力なく、あいてのいらだつからだの上においてよこたわり、自分がなにをしようとも、自分の精神が自分のあたまのてっぺんからながめているように思われ、あいてのおしりの動きがコニーにはこっけいにみえ、緊張の絶頂を解放しようとするときのペニスの不安げなようすも、おどけたものにみえた。でも、これが、このこっけいなおしりのはずむ動きと、あわれっぽい、無意味な、湿った小さなペニスのしおれていくありさまが、愛というものなのだ。これが神聖な愛というものなのだ。愛もひとつの行為なのであってこの行為に、軽蔑を感じる現代人は、やっぱり、まちがっていないのだ。どっか詩人たちがいったように、人間たちをつくった神さまにはいじわるいユーモアがあったにちがいなくて、人間を理性ある存在につくっておきながら、それでいて、人間にはこんなこっけいな姿勢をとらせ、こんなこっけいな行為を求める盲目の欲望で人間を駆りたてるのであるというのは、ほんとうだ。モーパッサンのようなひとでさえ、この行為が屈辱的なこけおどしであることを知ったのだ。人間は性交を軽蔑しながら、それでも、それをするのだ。

(伊藤整訳)
 彼女は両腕を彼のシャツの下に廻した。けれども彼の痩せた、滑らかな、裸のからだが強そうに思われるので怖ろしかった。また彼の激しい筋肉の動きがこわかった。彼女は怖ろしくなってひるんだ。
 そして彼が「うん、おめえはいい女だ!」と小さく囁くように言ったとき、彼女の内部で何かが戦いた。そして彼女の心の中の何物かがそれに抵抗して身を固くした。怖ろしい程の肉体の密接さと、彼のつかみかかるような奇妙な性急さを感じて身を固くした。それでこの時は自分自身の激情のたかまりに流されるには至らなかった。彼女は自分の手を彼の激しく動くからだの上に力なく置いていた。どんなに努めても、彼女の心は頭の上方から見下ろしているようであった。彼が腰で突いてくるのは滑稽に思われた。そして彼のペニスの、頂点に達して射精しようという強い願いは茶番のように見えた。そうだ、これが恋愛なのだ。この滑稽な尻の運動と、貧弱な頼りない湿った小さなペニスの萎んでゆくのが、これが神の愛だとは! 現代人がこの演技に軽蔑を感じるというのは、結局当然なことだ。全くそれは演技なのだから。ある詩人が言ったように、人間を造った神は彼を理性的な存在にしながらも、この滑稽な姿勢をとらせ、この滑稽な演技に盲目的に執着するようにさせたことに、不気味なユーモアを感じたに違いない。モーパンサンですらそれを屈辱的な堕落だと思った。人間は交接の行為を軽蔑して来た。しかもそれを行って来た。

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チャタレイ裁判の記録
序文  記念碑的勝利の書は絶版にされた
一章  起訴状こそ猥褻文書
二章  起訴状
三章  論告求刑
四章  福原神近証言
五章  吉田健一証言
六章  高校三年生曽根証言
七章  福田恒存最終弁論
八章  伊藤整最終陳述
九章  小山久次郎最終陳述   
十章  判決
十一章  判決のあとの伊藤整
猥褻文書として指弾された英文並びに伊藤整訳と羽矢訳
Chapter2
Chapter5
Chapter10
Chapter12
Chapter14
Chapter15
Chapter16

「チャタレイ裁判の記録」は《草の葉ライブラリー》から近刊。

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