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チャタレイ夫人の恋人 D.H.ロレンス 猥褻文書として裁かれた 10章

猥褻として指弾された「チャタレイ夫人の恋人」の箇所は、単行本五十ページにも及ぶ膨大な量だが、その全文をあますところなく英文と、伊藤訳、羽矢訳を打ち込んでいく。このページはさまざまな読まれた方をするだろう。猥褻文書とはなにかという法律的探究、作家を志す人には性の描写を(女性の読者からはロレンスの性描写は賛美されている。女性の感性で書かれていると)、あるいは英語学習には最上のテキストになる。それにしても訳者によって全く違った小説になってしまうことが、打ち込まれるテキストによってわかるだろう。翻訳者の力量によって、名作が駄作になるという恐ろしい現象も現れる。いま日本の文芸の世界にはそんな嵐が吹いている。

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Chapter10
 She lay quite still, in a sort of sleep, in a sort of dream. Then she quivered as she felt his hand groping softly, yet with queer thwarted clumsiness, among her clothing. Yet the hand knew, too, how to unclothe her where it wanted. He drew down the thin silk sheath, slowly, carefully, right down and over her feet. Then with a quiver of exquisite pleasure he touched her warm soft body, and touched her navel for a moment in a kiss. And he had to come in to her at once to enter the peace on earth of her soft, quiescent body. It was the moment of pure peace for him, the entry into the body of the woman.
 She lay still, in a kind of sleep, always in a kind of sleep. The activity, the orgasm was his, all his: she could strive for herself no more. Even the tightness of his arms round her, even the intense movement of his body, and the springing of his seed in her, was a kind of sleep, from which she did not begin to rouse till he had finished and lay softly panting against her breast.

(羽矢謙一訳)

 コニーは眠りのなかにいるように、夢をみているように、まったく静かに寝ていた。それから、コニーは森番の手がそうっと、だが妙にゆがめられて不器用な手つきで、着物のなかにはいまわるのを感じて、ぶるっとふるえた。それでも、手はまた、思いどおりのところでぬがせることもこころえていた。森番は薄い絹の被いをゆっくりと、慎重に、下に向かって、コニーの足の上までずらした。それから無上のよろこびに身をふるわせながら、森番はあたたかで、やわらかなからだにふれ、ちょっとおへそにふれてくちづけした。それから、すぐにコニーのなかにはいっていき、やわらかく、おしだまった肉体という、この世のやすらぎのなかにはいっていかないではすまなかった。女のからだのなかにはいるということが、森番にとっては純粋なやすらぎの瞬間だった。
 コニーは眠りのなかのような気持ち、夢のなかのような気持ちで、静かに寝ていた。行為も興奮もあいてのもの、すべてあいてのものであって、コニーはもう自分の力でなにかをしようとすることができなかった。コニーのからだにまわしたあいての腕のはりつめた力も、はげしいからだの動きも、コニーのなかでの精液のほとばしりも、一種の眠りであって、あいてが終って、コニーの胸の上におだやかなにあえぎながらよこたわるまでは、コニーはそれからめざめようともしなかった。

(伊藤整訳)

 彼女は一種の眠り、一種の夢の中に身じろぎもせず横たわっていた。すると彼の手が静かに、彼女の服の中を、不器用に間違えたりしてさぐってくるのを感じて、彼女はふるえた。しかしその手はまた、その場所場所で彼女の服を取りのけることを知っていた。彼は薄い絹の下着を、細心にゆっくりと下げていって彼女の脚から脱がせた。それから彼は強烈な喜びに身震いしながら、あたたかく柔らかな体に触った。そして彼女の臍に短く接吻した。そして彼はすぐ彼女の中へ入っていった。彼女の柔らかい静かな肉体という、この世の平安の中に入らねばならないのであった。女性の肉体の中へ入って行くのは、彼にとって純粋な安らぎの瞬間であった。
 彼女の一種の眠りの中に、ずっと一種の眠りの中に静かに横たわっていた。動きと興奮は彼だけのものであった。彼女にはもう身動きする力もなかった。彼女のからだを締めつけている彼の腕、彼のからだの激しい動き、それから精液が彼女の中にそそがれることすら、彼女にとっては一種の眠りの中であった。彼が終わって、静かにあえぎながら彼女の胸の上で休んでいる時、ようやく彼女は眠りから覚めた。

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Chapter10
“One time we’ll have a long time,” he said.
 He put the blankets down carefully, one folded for her head. Then he sat down a moment on the stool, and drew her to him, holding her close with one arm, feeling for her body with his free hand. She heard the catch of his intaken breath as he found her. Under her frail petticoat she was naked.
“Eh! what it is to touch thee!” he said, as his fingers caressed the delicate, warm, secret skin of her waist and hips. He put his face down and rubbed his cheek against her belly and against her thighs, again and again. And again she wondered a little over the sort of rapture it was to him. She did not understand the beauty he found in her, through touch upon her living secret body, almost the ecstasy of beauty. For passion alone is awake to it. And when passion is dead, or absent, then the magnificent throb of beauty is incomprehensible and even a little despicable: live, warm beauty of contact, so much deeper than the beauty of vision. She felt the glide of his cheek on her thighs and belly and buttocks, and the close brushing of his moustache and his soft thick hair, and her knees began to quiver. Far down in her she felt a new stirring, a new nakedness emerging. And she was half afraid. Half she wished he would not caress her so. He was encompassing her somehow. Yet she was waiting, waiting.

(羽矢謙一訳)

「いちど、ゆっくりすごしましょう」と男はいった。
 男はていねいに毛布を敷いた。一枚たたんでコニーのあたまに敷かせた。それから、男はちょっといすにすわって、コニーをだきよせ、いっぽうの腕でコニーをだき、自由なほうの手でコニーのからだをまさぐった。コニーは男が自分にふれたとき、男がはっと息をのんで、とめるのをきいた。コニーのうすいペチコートの下ははだかだった。
「やあ、あんたにふれるのはなんていいんだろう」と男は、コニーの腰やおしりの、敏感で、あたたかく、ひそやかな肌わ指で愛撫しながら、いった。男はコニーの腹や、コニーの腿に、なんどもなんども顔をうずめ、頬をすりよせた。またまた、コニーはそのことが男にどのような陶酔をあたえているのだろうとと、少しばかり思った。コニーには、自分のひそやかなからだの上にふれることによって男が自分のなかにみつけだしてくれた美が、恍惚に近い美が、ざんなものか、わからなかった。というのも、その美にめざめているのは情熱だけなのだから。情熱が死ぬか、不在であるかすると、そのとき、美の壮麗な鼓動もわけのわからないものとなり、ややいやしいものにまでなるのであって、それほどあたたかく、生きたふれあいの美はすがたの美よりずっとずっと深いものなのだ。コニーは男の頬が自分の腿や腹やおしりの上をすべっていき、男のくちひげと、男のやわらかでゆたかな髪の毛が身近にふれるのを感じて、コニーのひざはふるえはじめた。自分のなかのはるかに下のほうで、コニーは新しいざわめき、新しいむきだしの感動がうかびあがってくるのを感じた。コニーはなかばこわかった。なかば、は、コニーは男がそんな風に自分を愛撫してくれないようにとねがった。男は、どういうわけか、コニーのまわりをとりまくばかりであった。それでも、コニーは、そのままで、待っていた。

(伊藤整訳)

「いつか、ゆつくりしたいね」と彼が言った。
 彼は注意深く毛布を広げ、一つを彼女の枕になるように畳んだ。それから丸椅子に腰かけて、彼女を引き寄せた。片腕でしっかり彼女を抱き、残った手で彼女のからだをさぐった。彼女の服の様子がわかった時、彼の吸う息が、ふと止まったことに彼女は気がついた。薄いペチコートの下に彼女は何も身につけていなかったのだ。
「触るととてもいい気持ちになるんだ」と彼は言った。
 彼の指は、彼女の腰と尻の、デリケートな暖かい秘密の肌を愛撫していた。彼はかがんで、自分の頬を彼女の腹に、また彼女の腿に擦りつけた。すると、またしても彼女の肉体にふれることによって、彼が彼女に見いだしている美、ほとんど美の陶酔と言うべきものが、彼女にはわからなかった。何故なら情熱のみがそれを感知するからだ。そして情熱が死んでいるとき、あるいは留守になっているときには、壮麗な美の鼓動は感受できないし、またそれは少し卑しむべきものになるからだ。この暖かい、生き生きとした接触によって感ずる美は、見て感ずる美よりもはるかに深いものなのだ。彼女は、彼の頬が自分の腿や腹や尻を滑るのを、また彼の口髭や柔らかい豊かな髪がびったりと肌を撫でてゆくのを感じ、やがて膝を震わせはじめた。自分のずっと深い所で、新しい戦慄が、新しいむき出しなものがうごめき出すのを感じた。そして半ば怖ろしくなった。そして彼がそんなふうに愛撫してくれないことを、半ば願った。彼女は何となくに追いつめられたように感じた。だが彼女は待ちに待っていた。

チャタレイ裁判の記録
序文  記念碑的勝利の書は絶版にされた
一章  起訴状こそ猥褻文書
二章  起訴状
三章  論告求刑
四章  福原神近証言
五章  吉田健一証言
六章  高校三年生曽根証言
七章  福田恒存最終弁論
八章  伊藤整最終陳述
九章  小山久次郎最終陳述   
十章  判決
十一章  判決のあとの伊藤整
猥褻文書として指弾された英文並びに伊藤整訳と羽矢訳
Chapter2
Chapter5
Chapter10
Chapter12
Chapter14
Chapter15
Chapter16

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