見出し画像

永遠に読み継がれていく名作『山里こども風土記』    高尾五郎

 玖珠(くす)盆地は北九州の中心に臍(へそ)のように小さく広がっている。かつては大分市や福岡市から電車で入っても三時間をかけなければたどりつくことができなかった辺境の地であった。しかし世界から閉ざされたようなこの小さな盆地に、かくも豊穣なタピストリーが編まれていく生活があったということを、ぼくたちは今号に一挙掲載した一千枚になんなんとする大作「山里こども風土記」ではじめて知るのだ。鋭い読書家である「草の葉」の読者諸兄にはいまさら言葉をかさねることもないが、これは驚くべき作品であり、はやくも古典として残る風貌をそこここに漂わせている。

 この作品を編集しながらぼくは無性に篠田正浩監督の少年三部作とよばれる一連の作品がみたくなり、「瀬戸内野球少年団」と「少年時代」と「瀬戸内ムーンライト」をたて続けにみるのだ(「少年時代」が一番素晴らしい)。作家たちはある時期からなにか熱にうかされたように自伝的作品に取り組むが、なかでも少年時代にとりわけ心を奪われるのか、その時代を力をそそぎこんで描きあげていく。篠田もまた彼の少年時代を描くために三本もの作品を生みださなければならなかった。なぜ作家たちがかくも少年時代にこだわるのか。それはある年齢をへると過去をなつかしむという思いからくるのかもしれない。しかし創造とはそのような感傷からだけでは生まれない。

画像1

 少年時代が彼らの創造精神を強く喚起するのは、ひょっとすると彼らに襲いかかった存在の危機というものに直面するからではないだろうか。彼らはそれまでたくさんの作品を生みだしてきた。さまざまな冒険を試み、さまざまな技巧をほどこし、さまざまな色彩を織りこんだ作品を創造してきた。しかし果たしてその創造はこの大地にかえっていくような生命力をもっているのだろうか。自分がなしとげてきた創造とは埋め立ちに直行するゴミのようなものではなかったのか。そういう不安と恐怖が彼に襲いかかってくる。とりわけ今日の変化の速度は尋常ではない。今日生まれたものは翌日にはもう古臭くなってしまうという凄まじいばかりの時代のなかで生きている。つねに存在の恐怖にさらされている作家たちは、そのとき彼を一人の人間としてこの大地に立たせてくれた少年時代を描くことによって、生命の大地とつながりたいという渇きに似た衝動が襲いかかってくるにちがいないのだ。

 作家たちの故郷もことごとく変わってしまった。少年時代の景色はいまやどこにもない。しかしその景色は作家たちの記億の底にありありとやきついているのだ。そのセピア色の映像をたよりに、作家たちは少年時代を描いていく。木造校舎を、叱られてよじのぼった柿の木を、畔道の彼方を染める夕焼けを、友達と決闘した裏山を、溺れ死にそうになった渓流を。風景だけではない。その時代の空気や匂いまで刻みこんでいく。そのとき作家たちのなかに暖かいなつかしいものが流れていく。そしてひたひたと自分は大地につながる創造をしているのだという喜びの波が寄せてくるのだ。彼に襲いかかった危機は静かに去っていき、ふたたび精神の調和をとりもどしていく。

 帆足さんもまたこの「山里こども風土記」に取り組んだときの幸福な気持ちを吐露しているが、しかし消え去った世界を描くには、その世界を再現していく筆力がなければならない。帆足さんはまず具象の力によってその世界をつくりだしていく。私たちの前に森の学校が、鉄道線路が、機関庫が、渓流が、家々のたたずまいが、ほこりをたてる田舎道までが見えてくるかのようだ。この具象の力を帆足さんはいったいどこで鍛えたのだろうか。帆足さんの仕事は航空機や電車の本を出版することだった。それら機械を描くとき記述は正確でなければならない。しかし少年時代を再現していくのは、それら機械の性能を正確に描くということとは本質的に異なるものだ。具象の力が芸術的な域まで高められると、そこに風景ばかりか、その景色をつつむ空気や匂いや音まで聞こえてくるものだが、この作品からも音が聞こえてくる。眠りについているような玖珠盆地に、シュシュと白い蒸気と黒い煙をけたてて近づいてくる機関車の音が。

 この作品がそこらにあふれている過去を回想した類書から抜きんでいるのは、たしかな具象の力で描かれているということの上に、さらに世界を抽象するという力がまた並々ならぬ領域に達していることにもある。たとえば独楽を描いた十四の章を見よ。子供たちを熱中させた独楽遊びのなかから、ひとつの原理や精神の律動を抽出させ、澄むという概念を取り出していく。独楽遊びのなかにこのような深い分析と抽象をおこなった文章はいまだかってだれの手によっても書かれたことはない。対象をふかく分析してそこから一つの原理を抽出してくるという手法は科学のものであるが、帆足家のなかに脈々とながれている科学する精神がこの作品で見事に結実したということかもしれない。「山里こども風土記」は鋭い具象と抽象のタッチで描こうとする科学の精神で、まず強靭な横糸がはりめぐらされているのだ。

 そしてこの横糸に織り込まれた縦糸のなんという豊かな色彩! 少年はさまざまな出来事や事件に出会って、白い心にその波紋をえがいていく。その出来事をえがくときの帆足さんの手腕は、すぐれた物語作家のそれだ。手が出る学校の話、発動機馬車の話、曽田ノ池の猛魚の正体、嵐の後に現れた巨大魚の話、三味線淵での不思議な体験、叱られての自棄歩き、担任先生との交換日記、飴形屋の仔牛墜死事件、こよなく愛した姉のこと。この作品のなかに散りばめられた玖珠盆地に伝わる民話や伝説とあいまって、それらのなつかしくあたたかい物語の数々に読者は酔いしれていく。人は物語によって過去を知ることができるのだ。物語こそ私たちと歴史をつなぐ糸である。私たちは物語によってしか歴史とつながることはできない。帆足さんは具象と抽象を科学の精神で描ききった横糸に、物語るという縦糸を配してこの見事なタピストリーを織りあげていったのだ。

画像2

 「草の葉」はこのような作品に出会うたびに、かねてから提案している三百年をかけて良書を守り抜くという書のナショナルトラスト「草の葉クラブ」を誕生させなければならないと思うのだが、なかなかその力のない「草の葉」は踏み出せずにいるが、しかしいまこの書が単行本となってイカロス出版より今春にも発行されるとき、その単行本が世に広がるための先導の仕事をしたいと思っているのだが。

 「草の葉」版を玖珠盆地にある町長と村長に謹呈しようと思うのだ。それはこういう提案をするためである。たとえば毎年、敬老の日に町や村の役場から老人たちに記念品が贈られるはずである。それは毛布であったり、赤いちゃんちゃんこであったする。しかしそれらどこでも手に入る物質ではなく、この作品こそ彼らに贈るにふさわしいと思うのだ。彼らの少年時代がありありとそこに再現されている。その書にふれるということは彼らの生の痕跡をたどるということなのだ。ページを繰るたびに彼らの胸のなかに熱いものがこみあげていくだろう。

 そしてまた玖珠盆地の教育長と小学校と中学校と高等学校の校長先生たちにも謹呈してみよう。それはこういうことである。郷土を深く知るために学校の先生たちにこの書の購入をすすめることもある。しかしそれ以上に子供たちにこの書を与えて欲しいのだ。卒業式のときに卒業記念品として全生徒に贈る物品の予算が計上されているはずである。それはおそらく国語辞典とか英語の辞書あたりであろうが、それらどこでも手に入るたいして有り難みのないものにかえて、この年からこの本を卒業記念品として彼らに贈るべきなのだ。この書は時間がたてばたつほど彼らの心のなかにしみこんでいくだろう。君たちが生きているこの玖珠盆地こそ君たちの精神と魂を作る場所なのだと。たとえ君たちがこの地を離れようとも、君たちの心のなかに玖珠盆地はついてまわるのだと。そしてやがて君たちも知っていくにちがいない。玖珠盆地こそまぎれもなく世界の中心だったということを。

 この作品はもちろん玖珠盆地だけのものではない。ここに描かれた風景と生活と文化は日本人すべてのものであった。私たちはこういう時代を生きてきたのだ。ここには私たち日本人のいわば原風景というものが広がっている。この作品の登場によって、玖珠盆地は私たち日本人の精神の故郷となってしまった。まさに一つの奇跡としか言いようがない作品の誕生である。帆足さんの筆致はあくまでも抑制されていて、大切なものが失われていく嘆きや悲しみを、「あの大勢の子供たちの喚声と、唸りを発して回るあのコマの澄んだ回転音は今どこへ行ってしまったのだろうか。田舎の子供たちから、また一つ文化が消えてしまったのは返すがえすも借しまれる」と書く。新しい文化は古い文化をあっさりと淘汰していく。果たしてそれでいいのだろうか。「山里こども風土記」の底に静かに流れているこの思想が、ぼくにアメリカインディアンの古老たちから採録されたという詩を思い起こさせる。

Remember when our land smelled sweet?
Remember when our corn was good?
Remember when everything was rich and beautiful?
Not. I do not remember that.
I think that television has ruined our imaginations.
I used to look at cloud and see eagles and lions.
Now I look at them and see automobiles.
おれたちの土地がいい匂いをしていたときのことを覚えているかい。
おれたちのつくるトウモロコシがクールだったことを覚えているかい。
おれたちの土地がリッチでビューティフルだったことを覚えているかい。
そうだよな、それはもうすっかり昔のことになっちまった。
テレビっていうやつがなにもかもダメにしたんじゃないのかね。
おれたちはかつて空を見上げると、雲のなかに鷲やライオンを見ていたんだ。
いまじゃおれたちの目は、もう車しか見えなくなっちまったんだ。

 想像力の強さと高さとは雲のなかに鷲やライオンをみることなのだ。かつて私たちの国にも、雲のなかに鷲やライオンをみることのできた精神の黄金時代があった。「山里こども風土記」は、いまや私たちは雲のなかに自動車しか見ない精神が衰弱した時代に生きているのだということをも鋭く照射している。

画像3


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?