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ネコクインテット

ある美術館に予告状が届いた。

”今夜9時、名画「お母さんの似顔絵」をいただきにまいります。―ネコクインテット”

「おのれネコクインテット……」
警部はそう呟くと、予告状の入っていた茶封筒をくしゃりと握りつぶした。
「警部! 全員配置につきました!」
草木刑事が報告する。
「うむ。ご苦労だった草木君」
「これで、猫の子一匹通れません」
「油断するな。相手はネコクインテットだ」
「何者なんですか」
「そうか、君は初めてだったな」
警部は、ポケットから煙草を取り出す。
「警部、ここは禁煙です」
「おっと、これは失礼。ネコクインテット、彼らは5人組の怪盗団だ。神出鬼没で、誰もその正体を知らない」
「神出鬼没……。その割には予告状とか出すんですね。しかも茶封筒で」
「彼らは、必ず5人一緒に行動する。逆に言うと、5人でなければ行動しない。一人でも風邪で寝込んだり、急用で出かけたりすると、たとえ予告の日時であっても絶対に動かない」
「そういう意味では確かに神出鬼没ですね……」
「これまで何度も苦汁をなめてきたが、今日こそは捕まえてやる」
「警部、僕も全力を尽くします」
「頼んだぞ、草木君」

そのときである。
「はーっはっはっはっは!」
高らかな笑い声が、夜の闇に響き渡った。9時ちょうどだった。
「この声は!」
警部はあたりを見回す。
「警部! あそこです! ライト!」
草木刑事の指さす方向にライトが向けられると、光の中に5人の人影が浮かび上がった。

「ネコレッド!」
「ネコシアン!」
「ネコイエロー!」
「ネコブラック!」
「ネコマゼンタ!」
「5人合わせて、怪盗戦隊ネコクインテット!」

ちゅどーん、と5人の背後で5色の爆炎が上がった。
「現れたなネコクインテット!」
警部の声に力がこもる。
「あいつらがネコクインテット! シアンとかマゼンタとか、配色がプリンターのトナーみたいだ! 怪盗戦隊ってなんだよ!?」
「今日こそコテンパンに叩きのめしてやる! ゆけい! お前たち!」
警部が号令をかけると、現場に配備された警官たちが一斉にネコクインテットに襲い掛かった。
そして、あっという間にコテンパンに叩きのめされた。
「早っ! 弱っ!」
「やるなネコクインテット。ならばこのわし自ら引導を渡してくれる!」
「警部がいつの間にか悪の組織の幹部みたいになってる!」

「よし、みんな! あれを使うぞ!」
ネコレッドの呼びかけにメンバーは「ラジャー!」と答えると、胸の前で両腕をクロスさせた。
全員で声を合わせて叫ぶ。
「必殺! ネコパンチダイナミック!」

説明しよう! ネコパンチダイナミックとは、どこからともなく現れたその辺の野良猫がネコパンチを一発ぶちかましたあと、ネコレッドからちゅ~るをもらって帰る技なのだ! もらって帰るまでが技なのだ!

「いきなり解説が始まった! 誰!?」
「にゃ~ん!」
野良猫の繰り出したアッパー気味のパンチが、警部のボディにめり込んだ。
「ぐぼっふ!」
警部は勢いよく背後に吹き飛ぶと、そのまま地面に倒れ動かなくなった。
「警部ーっ! すごい威力のパンチだ! でもネコパンチではないなこれ!」
ひと仕事終えた野良猫は、ネコレッドからちゅ~るを受け取ると、振り返ることもなく去っていった。
「お疲れさまでした!」
ネコクインテットが頭を下げて見送る。
「よし、我々も帰るぞ! また会おう諸君! さらばだ!」
ネコクインテットは、暗闇の中を懐中電灯片手に走って帰っていった。

「ええいくそっ! この場で立ってるのが僕しかいない! なんなんだこの状況は!」
草木刑事は、警部のもとへと駆け寄った。
「大丈夫ですか、警部」
「草木君か……。げほっ。奴らはどうした……」
「帰りました」
「早く追うんだ……。絶対に逃がすな……」
「あ、それは大丈夫だと思います。あいつら、何も盗んでいきませんでしたから」
「奴らめ……このわしをここまで追い詰めるとは……」
「追い詰めたのは奴らじゃなくて野良猫ですけど」
「わしも……もはやここまでか……がくっ」
「警部!」
警部は、草木刑事の腕の中で静かに息を引き取った。
「え、死んだの!? 適当なこと言ってんじゃねーぞ!」
すいません。その方が盛り上がると思って。
「はぁ、まったく」
草木刑事は、警部を地面に寝かせると、ゆっくりと立ち上がり改めて周囲を見渡した。
「いったいなんだったんだろう、この時間」
その声は、誰にも届くことなく夜の闇に溶けていった。

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