見出し画像

手抜き介護 ㉜父のお宝

父は商売を始める前、銀行員だった。仕事がら証券取引なんかにも明るくて、給料の一部は株購入に回していたようだ。息子娘が生まれたとき記念に買ったという株券を、数年前急に手渡された。今でも数社の小さな株主で、毎年の配当金は貴重な収入源になっているようだ。

その父が、私に秘かにお宝を見せてくれたことがある。田舎の店舗住宅にはちょっとしたムロ(床下収納)があって、そこはいつも一定の低温を保っているので、漬物やおもち、玉ねぎの大袋なんかが保管してあった。鉄の重い扉を引き上げると冷たくかび臭い風がおきて、とても長居は出来ない場所だ。

二十数年前、父に促されるまま一緒にムロに下りると、棚に並んだツボの1つから父がコインケースを取り出して私の鼻先に向けてきた。中身は古銭と古紙幣だった。父にしては几帳面に管理してあって、かなり貴重なものも含まれていたらしい。「この(ツボの)中に入れておく。お前にしか教えていないから」。そういわれても嬉しくはなかったが、まあ覚えておきましょかと思った。

その後両親は、近くのちょっと大きい街に引っ越した。まだ仕事を続けたかった父は時々店舗住宅に泊まり込み、シャッターを開けていた。でもいつやってるか分からないような店は客足が遠のくのが当たり前で、お客さんが来ない日が続くと父のやる気もなくなり、やがてフェードアウトのような閉店をした。

それから数年して、父から「あの古銭入れ、知らないか」と訊かれるようになった。引っ越し荷物に入っていなかったが、ムロにもないという。私にしか在りかを教えていないから、いつからか私が持っていると思うようになったらしい。「お前が持ってるなら、それでいいけど」と。持ってるわけないし、知らんがな。

日本は来年、紙幣が新しくなる。40年ほど前に新しくなった時は、旧紙幣を全種類とっておいたっけ。将来値打ちが上がるなんて噂で、周りもみんなやっていた気がする(みんなやっていたら、値打ちは上がらない)。でも引っ越しを繰り返しているうちに、いつの間にか手元からなくなっていた。本の間に挟めた覚えもあるし、布団に隠したこともあった。

ニュースでたまに「ごみ処理場で万札発見」なんていうのを見るけど、十分うなずける。自分の場合は金額が小さくて、ニュースにはならないだろうけど。これは間違いなく、父のDNAだな。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?