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みじかい小説#189『読み聞かせ』

 はなは自称、短編小説作家である。

 花はいつのころからか、ネットで短編小説をアップしはじめた。

 花の手にかかれば、どんなものでも物語に変わる。
 
 花は物語の種を見つけるのがうまい。

 種を見つけると、花はそこから想像力をありったけかき集めて、物語を綴ってゆく。

 花はこう、考える。

 世界には、約78億人の人間が生きている。
 日本だけみても、約1億2,500万人だ。
 その一人一人の目線でとらえられる世界を、一生を通じて描いてみせたとしても、およそ自分一人の人生では到底足りない、と。
 だから、せめて、一日に一人分の世界を描いてみせよう、と。

 そういうわけで、花はいつごろからか、一日に一人分と決め、短編小説を書き始めた。
 その短編小説も、連載をスタートして約10カ月で、そろそろ200を数えようとしている。

 さて、そんな花に、彼氏ができた。
 出会いのきっかけは今ではもう忘れてしまったが、とてもささいな出来事だった。
 お互いに初対面で好印象を抱き、彼がリードする形で交際がスタートした。

 ある日、その彼が花に言った。
「僕のために読み聞かせをしてよ」と。

 花は思った。
 彼の勧めで見た映画『君に読む物語』みたいだ、と。
 彼はそれを意識していたのかもしれない。
 ともあれ、花は二つ返事でオーケーを出した。

 それから、花は彼のために、一遍の短編小説を編み上げた。
 題名は、『読み聞かせ』。
 
 花は、それを彼に読んで聞かせた。
 それはまるで母が子に絵本を読むように、優しく彼の耳に届いた。
 彼は聞いているのかいないのか分からないような態度だったが、一言、「ありがとう」と言った。
 花にはその言葉だけで十分だった。

 それから花の短編小説は、彼のためのものになった。
 花は彼のために、様々な人間の人生ドラマを描いてみせた。
 彼はいつも、聞いているのかいないのか分からないような態度で、一言、「ありがとう」と言うのだった。

 
 それから50年が過ぎた。

 花は80歳になった。
 彼は83歳になった。
 お互いもう顔も体もしわくちゃで、かつての面影はまったくない。
 それでも、花は彼のために毎日、短編小説を編み続けた。
 そして毎日、彼のために読み聞かせをした。
 それを聞いて、やはり彼は一言、「ありがとう」と言った。

 人生も終わりに近づくころ、花の短編小説は一冊の本になった。
 出版社から出来上がった本が送られてきたのにサインをして、花はその本を彼にプレゼントした。
 彼はことのほかそれを喜んだ。
 
 そして一言、「ありがとう」と言った。
 花は一言、「どういたしまして」と言った。

 
 

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