みじかい小説 #128 一粒万倍日
朝起きると、幸太郎は顔を洗い、まず第一に日めくりカレンダーをめくった。
今日は「一粒万倍日」である。
スマホでツイッターを確認すると、フォローしている暦アカウントがその意味を教えてくれる。
幸太郎は、朝から風呂に入った。
昨夜も入ったのだけれど、今日は念入りに体を洗いたいのだ。
今日は特別な日。
妻の幸恵が亡くなった日だ。
幸太郎は、昨夜アイロンをかけておいた新しいシャツに袖を通すと、チャコールのスーツを身に着け、最後にグレーの帽子をかぶり家を出た。
線香は持っている。
行きしなに花屋により手向けるための花を買うと、幸太郎は一駅向こうの墓地まで電車に乗った。
今年の命日は平日の午後なので電車はすいている。
幸太郎はスマホで競馬中継を流しながら、いつだったかもこうして幸恵と電車に揺られて競馬の話で盛り上がったことを思い出していた。
墓に着くと、幸太郎はまず入り口の共同用具置き場にある桶に水をくみ、これも、置いてあるタワシで墓を綺麗に掃除した。
そうして両脇に花を生け、最後に線香を立てて両手を合わせるのだった。
気が済むまでおがんだら、幸太郎は、すっくと立ちあがった。
そして、待ってましたとばかりに缶コーヒーを買いに墓地の横に設置してある自販機に移動した。
おもむろに缶コーヒーを選ぶと、自販機から出てきたそれに口をつける。
それからポケットからスマホを取り出すと、電車の中で診ていた競馬中継にくらいついた。
実は一枚、馬券を買っているのだ。
また今日は、墓参りの帰りに宝くじも買いたいと思っている。
だから念入りに禊までしてきたのだ。
幸恵も墓の中から見ていて当たりを引いてくれるかもしれない。
幸太郎はいかに自分が俗物であるかということを知っている。
今日は一粒万倍日。
空は晴れ、ここちよい春の風が、幸太郎の帽子をゆらしてゆく。
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