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みじかい小説#137『竹本』

 難解な箇所は早めに見切りをつけ読み飛ばして、タクミは次から次へとページをめくってゆく。

 午前中に秘書が持ってきた企画書は、どれも今年入った新人が提出したもので、みんな慣れていないせいか、言葉選びからしてたどたどしく、安いハウツー本を参考にしたような、紋切型の文言が目立つ。かと思えば、脈絡もなく小難しい言葉が並んでいたりするので、読んでいる側としては酷く疲れる。今年大学を卒業したばかりの面々だから無理もない。タクミはそれらを一気に頭の中に流し込むと、手に持っていた書類の束を机の上に放り出し、大きくため息をついた。

「気になる企画はございましたか」

 秘書の竹本がいいタイミングで聞いてくる。それも、こちらがつい答えたくなるような、丁度いい声のトーンと笑顔で。

「うん、二、三人、おもしろそうなのがいるね」

「今年は豊作といことでしょうか」

「そうなるね」

 外した眼鏡をクロスで拭きながら、しょぼしょぼした目でタクミはこたえる。窓の外には、オフィスビルが無表情に立ち並んでいるのがぼんやりと見てとれる。

 タクミがテレビプロデューサーになって、はや20年が過ぎようとしている。幸運なことに、タクミは働き始めてから早い段階で才能あるタレントと巡り合うことができた。現在、週に三番組を担当するタクミではあるが、彼等の順調な活躍もあって、タクミは今の地位を築くことが出来ている。

 タクミが窓の外のビル群で視力を回復させていると、竹本のデスクで電話が鳴った。竹本は手順通り用件を聞くと、受話器を置いた。

「宮さん、お電話です」

 言われてタクミは自分のデスクの受話器をとる。午前中に自分の時間を奪われることを何より嫌うタクミは、内心、舌打ちをしながら応対する。どうせ相手は馴染みの同業者なのだ。

 しかし、今回は話が違った。なんと新しくネットで動画配信する番組で、企画をお願いできないかという申し出だった。タクミは閉口した。今年に入ってもう四件目である。

 確かに今、テレビ業界は岐路に立たされている。ネットによる動画配信がはじまってからというもの、若者を中心にテレビ離れは加速度的に進んでおり、もはや各局、生き残りを図るためにネットをいかに利用するかで必死に頭を働かせている。しかし一方で、現在、そんなテレビを喰わんとする勢力が台頭してきている。オリジナル作品をも擁するネット専門動画配信サービスだ。今回の電話は、その中でも最大手からの依頼である。

 長年テレビ局でキャリアを積んできたタクミにとって、これらの依頼を受けることは、身内の寿命を縮めることになるかもしれない行為である。とてもではないが、そんな選択はできない――。しかし、相手方が自分の能力を高く買ってくれているのも事実。また個人としての生き残りを考えた場合、どちらの方が魅力的だろうか――。タクミは竹本だけには、胸の内を話していた。

「また、でございますか」

 受話器を置き再び窓の外へ目をやっていたタクミであったが、内心を見透かしたように、竹本がぽつりと述べた。

「うん」

 しばしの沈黙がおりる。

「迷っていらっしゃる」

「うん」

 タクミが次の一言を絞り出すのに、どれくらいかかったろう。

「ねえ竹本。俺が独立するって言ったら、ついてきてくれる?」

「お給料によりますね」

 タクミは思わず鼻で笑った。

「相手方によると、今の10倍は出すってさ。だから竹本の給料も今の三倍くらいは出せそうだけど」

「では、よろこんで」

 タクミは、とうとうその場で笑い出した。


 今、タクミは業界最大手のネット動画配信サービスの企画を担当している。社会人一年目の時のように、裸一貫で大海原の中、再びひとり漕ぎ出した心地がしている。どうなるかは俺にも分からない。ただ今までの実績を引っ提げて、頭脳とセンスで挑むだけである。

「宮さん、お電話です」

 そばには竹本がいて、変わらず俺の背中を見守ってくれている。

 机の上には、出来立てほやほやの企画書の束。

 新しい風が、吹いている――。

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