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遁走の話し (4)

ゆっくりと街を見回しながらお店に着くとマスターはコーヒーを淹れて待っていてくれた。

「昨日は眠れたかい?」

「ゆっくり眠れましたありがとうございます」

的な社交辞令の挨拶をして次の話題を何にしようかと僕は悩んでいた。

とりあえず数日はこの街に滞在しようかと考えている旨をマスターに伝えておいた方が賢明だよな…とか思いながらコーヒーをすする。

マスターは何故か黙ったまま何かを考えているようだった。

僕がコーヒーを飲み終わるタイミングで

「ちょっと電話してくるわ」

と言いマスターは席を立ち、僕は何をするでもなく店内をボケっと眺めるしかなかった。

5分ほどしてマスターは席に戻ってきたのだが、何だか顔が青ざめている感じだった。

「どうしたのですか?」と僕が聞いてもマスターは何も喋らずお店の扉の方を見つめていた。

「どうしたのかな…」と考えようとした瞬間に玄関の扉がガラリと開いてスーツを着た男性が2人お店の中に入ってきてマスターとアイコンタクトをした気がした。

警察官か…すぐに分かった。

目つきの鋭さや仕草、マスターが僕を呼び出して何も話さなかった理由も緊張から来るものだったのか。

「君を売るつもりじゃないんだよ、ただ皆の安全を考えると引き留めた俺が責任を取らないと」

とマスターは震えながら言った。

「別に気にしていません、こちらこそ下手な事に巻き込んでしまいすみませんでした」

「本当は何とかしてあげたいんだ…でも狭い街だから…すまん」

「大丈夫ですよ、本当に感謝していますから」

マスターの気持ちは何となく分かる気がした。

現実、この小さな街でどこから来たのかも分からない記憶の無い男を助けるなんてドラマみたいな事は無理だろう。

マスターに圧を掛けた人がいるのかも知れない。

最後に凛子さんには会いたかったな…なんて少し思ったりもしたけれど会わない方が良いのかも知れない。

口ではマスターにお礼を言ったりしていたが、横にいる警察官からのプレッシャーが強くて僕はもう限界だった。

「僕はどうすれば良いですか?」

と少しスマートで若い警察官に聞いてみると

「とりあえず本署に行くから詳しくはそこでね」

と鋭い目つきからは想像が出来ない柔らかい声とトーンで返事をされ僕は少し戸惑った。

年配の警察官は黙ったままこちらを見ている、凄いプレッシャーだ、本気の警察官ヤバイ。

「じゃあ旅館で荷物を取ってから行こうか」

若い警察官が優しくもコチラが反発する事は許されないトーンで僕を託した。

僕は最後にマスターに挨拶をして「凛子さんには急に旅立ったと伝えてください」なんて良く分からない伝言をお願いして警察官と共にお店を出た。

後ろから付いてきたマスターは僕が覆面パトカーに乗り込む寸前に茶色の封筒を手渡してきた。

「少ないけど持ってけ、記憶が戻ったらまた遊びに来てくれ」

目は真っ赤だった。

でも僕は感動の別れと言う気がしなかったので茶封筒だけ素直に頂いて小さく頭を下げて「もう来ることはないだろうな…」なんて考えていた。

茶封筒の中には5万円入っていた。

本当は捨てても良かったけれどこの先に何があるのか分からないのでありがたく頂戴することにした。

覆面パトカーは僕を後席に乗せてお店を後にした。

リアガラスを少し振り返ったらマスターはずっとこっちを見つめていた。

人間、出会いも別れも簡単だな。


覆面パトカーはどんどん走って行く。

旅館に寄って荷物を取ったけれど詳しい事は話すなと言われたのでお婆ちゃんには有耶無耶な返事をしてお礼を言って立ち去った。

でも全く土地勘の無い僕には何処を走っているのかさえ全く分からなかった。

パトカーの後席にはスモークが貼られていたし緊張と今後の事を考えていて看板を見る余裕すら無かった。

年配の警察官は長谷川と名乗り、運転していた若い警察官は関口と名乗った。

「自分名前も分からないのですみません」

と僕が小さな声で言うと長谷川さんは

「そんな緊張しなくてもあくまで話しを聞きたいのと君を安全に保護したいだけだから」

なんか急に優しい言葉に変わりバックミラーに映る目つきも穏やかになった気もした。

「腹減ったすねー、着いたらまず何か食べましょうよ」

緊張している僕を見て気を紛らわせようとしているのか関口さんは軽い口調で軽い話しばかりしていた。

「記憶が無いって完全に無いの?」

関口さんは若いだけあって多少興味をそそるらしく、長谷川さんに「着いてからにしろ」と言われても軽い感じで質問をして来た。

僕も答えていた方がリラックス出来そうだったので答えられる範囲で軽く答えたりしていた。

「最初から警察を頼ってくれても良かったんだがな。

クロ(マスターのあだ名らしい)も心配して連絡した事だから恨まないでやってくれな」

マスターは恨んでいないしこうやって冷静に考えてみると逆に良かったのかも知れない。

長谷川さんも関口さんも最初はプレッシャーも強く少し怖かったのだが、僕の記憶が無い話しを聞いて同情的になりつつも100%は信用していないよ的な雰囲気を出していたので僕は苦笑いばかりしていた。


そして20分程走っただろうか、本署と言うだけあってなかなか立派な建物に着いた。

パトカーも数台並んでいるし警察官の数もなんだか多い気がした。

僕の長い警察署での生活が始まった。


4回目はこの辺で。

体調が悪くなかなか進みませんが次回もよろしくお願いします。


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