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遁走の話し (1)

僕には過去に1度、解離性遁走をして全く知らない場所で自分の事も分からずに暮らした事があります。

最近その事を思い出したので忘れない内に記録として残しておこうと思います。

遁走中の話しは多少記憶には残っていて、自分が誰なのか何処から来たのかそんな記憶は全く残っていない状態でした。

当時お世話になった方々に聞いた話しも含めながら書いていくと思います。

内容についてはほぼ真実ですが人名や地名、他諸々についてはフェイクを入れてあります。

長くなると思いますので何回かに分けてシリーズとして書く予定です。

興味があれば読んでみてください。


●遁走前の記憶から●

当時の僕は会社を退職して住み慣れたアパートでほぼ横になっている生活をしていた。

外に出るのは2週に1回の精神科への通院と毎週木曜日に神保町へ行って古本屋を巡るだけの毎日。

物欲も性欲も食欲もほとんど無かったけれど、なぜか古本屋を巡って古いSF小説や外国車のマニュアル本なんかを物色するのだけは楽しみに続けていた。

その日も古本屋巡りをしようと朝から珍しくウキウキして、普段は着られれば良いやって服装を気にして綺麗なTシャツとジーンズに着替えてハイライトメンソールを吸いながらあの店へ行ってからあの店かな、なんて考えたりしていた。

僕は当時から基本的に現金主義で、クレジットカードは持っていたけれど外へ持ち歩く事はほぼなかった。

財布を見たら5万円ほどの現金があったのでまあこれで夕飯も買って帰れるだろう…とキャッシュカードも持たずに家を出る準備をした。

身分証になる自動車免許もキャッシュカードと同じカードケースに入れたまま。

それが後に悲劇となるのはもうこれを読んでいる方ならば想像が付くかも知れない。


当時赤羽のアパートに住んでいた僕は、赤羽駅の東口交番の横まで歩いて来た時に少し視界に異常を感じた。

いつも立っている警察官の方がボヤけている。

と言うよりか制服の色が全部黒く見えていた。

暑さ真っ盛りの9月だし余り普段は外に出ないし水分不足かな…なんて思って改札を越えた辺りにあるキオスクで水を買って少し飲みながら休んでいた。

目の前のコージーコーナーの普段は赤く見える看板も真っ黒で、飲んでいた水を見たらペットボトルの中身はまるで墨汁のような真っ黒さだった。

これは熱中症なのか?それともメンタル?と少し戸惑いながら駅から流れる駅員さんの放送を聞きながら意識が遠くなるのを感じた。

目の前を暑そうに額の汗を拭いながら上下スーツのサラリーマンが通るのを見かけ、自分もあんなんだったのかとか全く関係のない事をボンヤリと考えた時点で脳ミソのブレーカーが落ちた気がした。

そこから約2ヶ月、それ以前の記憶は僕から消えた。


●遁走の始まり●

とある街の小さな駅前に立っていた所から遁走時の記憶は始まった。

まず最初に思ったのは「ここどこ」だった。

9月しては肌寒い、しかももう夜だった。

うーーんと思いながら駅の看板を見ると北海道のとある地方都市の名前。

そして僕は重大な事に気付く。

「自分って誰だ」

全く自分が思い出せない。

名前も住所もなにもかもが思い出せない。

ポケットには財布とハイライトメンソールだけ、身分がわかる物は何も入っていない。

いやいやいや待てよ…どこか大きな駅で乗り換えをした記憶は朧げにある。

でもそれがどこの駅なのか分からない。

携帯電話も持っていなかった、どこかで落としたのか最初から持っていなかったのか。

どんどんパニックになっていく。

小さな地方都市の駅前は人もまばらで誰かに何かを聞く勇気すらなかった。

ものすごくお腹が空いていた。

いつ何を何処で食べたのかも覚えていない。

人間パニックになってもお腹は減るらしい。

僕は駅前に唯一灯りがともっていた居酒屋風のお店へと吸い寄せられていった。

とりあえずお金はある、いまは食事だ。

明るい店内と明るい店員さんの声が僕を少し安心させてくれた。


第1回はここまでです。

続きは思い出しながらゆっくり書くのでお付き合いください。

それでは今日はこの辺で。


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