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1. はじめに:KRAZY!展とは何だったのか

「Krazy!: The Delirious World of Anime + Comics + Video Games + Art(クレイジー! :アニメ+コミックス+ゲーム+アートの熱狂的世界)」は2008年5月Vancouver Art Gallery(バンクーバー美術館、カナダ)で開催された企画展で、北米と日本のマンガ、アニメ、ゲームと現代美術との相関をテーマにしたもので、企画者のBruce Grenvill(バンクーバー美術館キュレーター)以下、共同キュレーターとしてArt Spiegelman(『マウス』で知られるグラフィックノベル作家)、Seth(『ザ・ニューヨーカー』誌で有名なカートゥーニスト)、Will Wright(「シムシティ」で知られるゲームクリエーター)、Tim Johnson(「森のリトル・ギャング」で知られるCGアニメーション映画監督)と錚々たるメンバーに並び、日本側のマンガ、アニメを楠見清と上野俊哉が選出した。

北米側は作家が作家を選ぶというキュレーションであったのに対し、日本側は評論家によるキュレーションとなったのは、この展覧会の最終着地点となる日米の現代美術比較という文脈にマンガ、アニメを載せることが求められたからだと私は理解している。また、展示の会場構成には日本の建築家、アトリエ・ワン(塚本由晴+貝島桃代)を起用するなど、北米の展覧会でありながら日本的なセンスや文化背景を積極的に取り入れた意欲的なものだった(日加間のコーディネーションにはバンクーバーを拠点に活動するフリーランス・キュレーター原万希子が尽力した)。

当時はマンガやアニメが美術館で展示されることはまだ一般的でなく、ロイ・リキテンスタインと北米のオルタナティヴ・コミック、日本の「スーパーマリオブラザーズ」や「アキラ」と森万里子や青島千穂やMr.を一緒に展示するのはきわめて画期的な試みだった。この新しくも特異な文脈に沿って、日本のマンガ・アニメを北米向けにいかに紹介するか──そこで私が導き出した結論は、日本のマンガの紹介を手塚治虫から始めるのではなく、1980年代から始めること──ナンセンスなギャグマンガに欧米のポップ・ミュージックやポップ・アートのセンスを大胆に取り入れた江口寿史を起点として現在に連なる商業誌からオルタナティヴ・シーンまで連なるマンガ状況の地形的な広がりと起伏を提示することだった。北米のアート関係者を多分に意識したこの視点は、当時の日本のマンガ界にはなかったが、10年が経過した今、江口寿史の大規模な個展が日本の美術館で開催されるようになった現況と照合してみると至極うなずける気もする。


展覧会図録(A4変形判・276ページ)はバンクーバー美術館、カナダの出版社ダグラス&マッキンタイヤー、米国カリフォルニア大学出版局から共同出版された。図録は英語のため日本ではほとんど読まれることはなかったが、10年を経て読み返すと、その後政府主導で「クールジャパン」と称されて海外向けに輸出されることになる文化動向について、先行して独自のパッケージングやマッピングのような作業をしていたことに気づかされた。

その記録と情報共有による公益性を目的に、ここでは楠見が分担執筆した日本語原稿を初めて公開する。英訳を前提として書かれた文章なので、日本では周知のことについて説明過多なきらいもあるが、各作家や作品に関する北米向けの最初の紹介としては、通り一辺倒なものではなく、歴史的背景や他ジャンルとの関連性について積極的に伝えようとしていたこと──たとえば江口寿史を語るのにYMOを、安野モヨコにはガーリーな先行走者として岡崎京子の存在を、細田守「時をかける少女」の前史として筒井康隆の存在を特筆していることなど──に注目してもらいたい。

日本のマンガやアニメを20世紀後半に世界各地で同時多発したポップ・カルチャーという大きな文化動向のローカルエリア版として位置付けるにあたって、その経糸と交わる音楽や文学や映画、美術史や大衆文化史といった緯糸とによって織り成される面として捉えた視点は、英語だけでなくむしろ日本語で共有しておきたい。


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