見出し画像

6. 小田島等『無FOR SALE』

小田島等は、日本のバンド、サニーデイサービスのCDのアートワークなどでロック・ファンにはよく知られるイラストレーター兼グラフィック・デザイナーであり、ポップ・アートの文脈を強く意識したオリジナルの絵画で個展も開催する。マンガ家としての彼の作品は多くはないが、ロック雑誌『ロッキング・オン』の兄弟誌として刊行されたマンガ雑誌『コミックH』に2001年から2002年にかけて──まさに世紀の転換期に──発表した短編マンガを集めた単行本『無FOR SALE』は、たった一冊で20世紀のマンガ史を反転する潜在能力をもっているのかもしれない。

ちなみに、日本のマンガにはメジャーな少年・少女マンガ誌によってつくられたモダンな歴史と、『ガロ』(1964年創刊─1997年休刊)に代表されるアングラ・マンガ誌によって開拓されたオルタナティブな潮流がある。前者は手塚治虫に、後者は今も伝説的な短編「ねじ式」(1968年)で有名なつげ義春に象徴される。小田島とつげには直接的な連関はないが、小田島のマンガのシュールレアリスティックな世界観や作者自身を思わせるモラトリアムな主人公は、つげの作品世界を“未来”──それは21世紀現在なのだが──に展開したらこうなるのではないか、という印象を与えてくれるのは、両者の代表作の書名に共通して「無」という漢字が含まれているせいかもしれない。

表題作の「無FOR SALE」の舞台は未来社会。主人公は「無を売る会社」に就職した若い男。そこでは商品である「無」がどんなものであるかは詳しく説明されないまま、その不条理な仕事の日常が描写される。それはあたかもつげの傑作『無能の人』の主人公、河原で拾ってきた奇石を売る男の日常に奇しくも重なる。無価値や無意味よりもラディカルな「無」を売ることは、ナンセンスの一言で片付けるにはナイーブで美しすぎる。つげの石売りは一種の世捨て人の貧困を題材にした文芸的作品だったが、小田島の「無FOR SALE」は資本主義をリアルに投影したポップ・アートのもつクールな批評性や、禅や悟りの影響を受けたコンセプチュアル・アート(たとえばジョン・ケージやオノ・ヨーコ)の無色透明の美しさ、そしてフィリップ・K・ディック的な模造世界の無限を兼ね備えている。

小田島の表現は視覚美術だけにとどまらない。ギターレス、男女ツイン・ボーカルというユニークな編成の6人組のバンドMagoo Swimのキーボード奏者・細野しんいちと結成したBest Musicという名のデュオで2007年には日本のスーパーマーケットの店内放送をコミカルに模したアルバム『Music for supermarket』──そのタイトルはブライアン・イーノの『Music for airport』のもじりであると同時に、内容は音で聴くネオ・ポップの美術作品といってもいい──をリリースしている。

(本稿は2008年カナダ、バンクーバー美術館の企画展「KRAZY!」図録のために英訳を前提に書かれたオリジナル原稿である)


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?