【ショート・ショート】お守り

 まもなく電車が到着すると、アナウンスが告げている。

 大学受験で上京する私。もう子供じゃないんだからいいと言うのに、母は駅まで送ると聞かない。父まで付いてきた。
 車の中で父は、何処どこ何処の娘は東京に行ったまま帰ってこないと、私に重ねる。願書を出した日からそれが続いている。母は母で、朝食はちゃんとるんだよとか、水には気を付けろとか、顔を合わせる度に繰り返す。耳にタコができた。
 たかだか二三日のの受験なんだから。そんな心配は、受かってからにしてよね。
 だが口には出さず、私はしおらしく一々うなずきながら聞いている。
 駅に着くや、今度は見送るとホームまで付いてきた。
 やれ、やれ。

 電車が滑り込んで来る。

 最後までブツブツ言っていた父が、拳を突き出す。
「ほら」
 怒ったような口調。
「何?」
 行きがかり上、つっけんどんに答える。
「手を出せ」
 差し出した手のひらに、父が握りしめていた物が落とされる。
「お守り? えっ?」
 父は、何か言いたげに口を開きかけたが、私と目が会うとぷいっと背中を向けてしまった。何か言ったようだが、周りの音にかき消され、聞き取れない。
「何?」
 ホームに発車のベルが鳴り響く。急いで乗り込む私。思いを断ち切るようにドアが閉まる。電車が動き出した。デッキの小さな窓に貼り付いていた二人の姿はすぐに見えなくなった。

 私は、席に座って人心地ついた。手を開いて、お守りを見つめる。
 あっ、馬鹿。これは安産のお守りじゃない。
 それでも……。
 あの無骨な父がこれを求める姿を思うと、私は目頭が熱くなった。

 ホームに残された二人。
「いつ買っていたの?」
 母親が尋ねる。
「この間だ」
 ばつが悪そうに、父親が答える。
「何だかんだ言っても、あの子が可愛いんじゃないの」
「そんなんじゃない。帰るぞ」

 父の小さな悪意を、娘は知らない。


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