【ショート・ショート】ツバメ
今年も我が家の軒下に、ツバメが新しく巣を作り始めた。
ちょうど去年の今頃。
ベランダに出た時、雛が弱々しく翼を震わしているのを見つけた。まだも羽毛も生え揃わず、目も開いていない。
「おとうさん、ちょっと来て」
いたたまれなくなって、急いで夫を呼ぶ。
「多分ツバメだと思うの、あの巣から落ちたみたい」
夫は、ティッシュを何枚か丸めて巣を作り、その中に雛を入れた。
力無く横たわっている雛を見て、私は息子が産まれた時のことを思い出した。
産後の肥立ちも順調で、退院予定の前日。息子に黄疸の症状が出た。保育器の中で懸命に生きようとする小さな命。私にはどうすることも出来ず、涙が止めどなく流れた。
あの時の息子の姿にだぶって見えた。
「近藤先生に診てもらおう」
私は近所の犬猫病院の名をあげる。夫は何か言たげだったが、直ぐに車を出してくれた。
「こんな小さな患者は初めてだな」
近藤先生は少し困った顔をしながらも診てくれた。
「骨は折れていないようだ。餌をあげていれば、二三日で元気になるだろう」
私はピンセットの先で嘴の横をちょんと突く。その刺激で開いた小さな口にイトミミズや小さな虫を入れてあげる。
「見るのも触るのも嫌って言ってなかったか」
「こういう時は別よ。女は弱し、されど母は強しってね」
「それはいいけど、俺の餌はまだか」
夫が呆れるほど世話をした甲斐あって、二三日もするとピィピィと鳴いて餌をほしがるまで元気になった。
「もう大丈夫ね」
私は親鳥がいない時を見計らって、雛を巣に戻した。
仲間外れにされないか、親からちゃんと餌をもらえるか、私は気が気ではない。それでも、ただ見守ることしかできない。
ピィピィ。ピィピィ。
頭の上で声がする度、私は安堵の胸を撫で下ろす。
夏が終わる頃、ツバメは一斉に巣立っていった。
「行っちゃったな」
「そうね」
「お前、寂しいんじゃないか」
「少しね。ほら数年前、貴文のことで悩んでたでしょう。私、あの時のこと、思い出しちゃった」
「そうか。でもそれだって、あいつが巣立つのに必要な時期だったんだよ」
「私たちの描いた夢を、知らず知らずのうちに、あの子に重ねていたのね」
「俺も、あいつの夢を一緒に見てみたいと思うようになったよ」
「でも口は出さないでね。ただ見守るだけよ」
ピィピィ。
雛の声が聞こえる。ベランダから窺うと、またピピッと鳴いた。
「お帰り」
私はそっと呟く。
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