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私の部屋には海がある 誰も知らない海がある 布団を捲り手繰り寄せ 波打ち際へと辿り着く 土踏まずから少しずつ 徐々に体を馴染ませて 大きくひとつ深呼吸 両目を瞑り覚悟して 一気に頭を沈ませる くるりと体が回ったら そこは私の海の中 私の海には夢がある 貴方の知らない夢がある 目眩が止むのを待ってから 両の瞼をこじ開ける どちらが上でどちらが下か 光が射すのと逆側へ 勝手に沈み始める体 深く潜れば潜るほど 海底の闇は濃く疼く どくりと熱が生まれたら そこは貴方の夢の中
ふたりぼっちの散歩道 静かに重なる足音は 同じテンポからずれていく 僕はひとり上の空 遠くの電線を見つめている 突然変異の黒い雲 あなたはひたりと足を止め 手のひらを上にかざし見る ふたりで駆け込む東屋を 予報にもない夕立ちが襲う 無限に連なる絹の糸 密やかに吸い込まれては 町並みを映す鏡面を穿つ 会話はいらないと拒むように あなたは目線を合わせない 雨露の如く募る願い 言葉に変えてプレゼントしたら あなたの瞳は戻るだろうか 二度と帰れない日々さえも 甘く照らし出す罪が
あんたのお気に入りの腕時計 月面模様の文字盤を うんざりするほど自慢してた ガラスを撫でる指先が 妙に生々しく蘇る あの日あんたが望んだ答えを それらしく唱えてあげていれば あの日言えなかった想いも 伝えることが出来たのかな 残された自分に酔って イイハナシ風に上書き保存 寄せては返す波の上 純白の文字を示す銀の秒針は あの春の夜と同じリズムで 今も時間を刻んでる あんたが好きだった腕時計 見づらいんだとぼやく割には 毎朝欠かさずつけていた 鎖の巻き付く手首の色が やけ
初夏の陽気に汗ばむ額 緑の合間に降る日差し 流れる水のささやきを 聞かずにぼくは歩いてく きらきら呑気に揺らめく水面 甘い匂いのあめんぼう 今日の小川は穏やかで 水位もあまり高くない 纏わりつく蚊と腫れた指 むず痒くなるあの眼差し 流れる水のささやきを 聞かずにぼくは歩いてく ちらちら脳裏に揺らめく皆も 青い匂いの甘えんぼう 明日の小川も穏やかで 変わらず流れていくのだろう 今も聞こえるきみの声 初めて交わした挨拶は―― 白いレースのカーテンが 微かに湿った風に舞う
何てことないエルレンマイヤー 透明なままゆらゆら揺れて 小さな泡と大きな泡と ぽこぽこ無邪気な音が鳴る “大切なものをひとつだけ” いったい何を閉じ込める? 例えばそれは思い出で 届かないから見つめてる 一瞬、僕に見えたのは 遠くに紅く燃える空 例えばそれは願望で 絶え間なく照らす隙間から 一際、僕を責めるのは 紫紺に溶けた朧月 誰かの為のエルレンマイヤー 澄んだ液体を抱き締めて 大きな粒と小さな粒と さりさり綺麗な音がする “要らないものをひとつだけ” いったい何