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在宅生活の可否を決めるブレーキ調整

車椅子は体に合わせて調整が必要と言うことを書いてきました。意外と思われる方もいるかもしませんが、その中でも難易度が高いのがブレーキ調整です。このブレーキとは、ハンドルについている握るタイプではなく、利用者本人がかけるレバー式のブレーキのことです。今回は、私が初めて車椅子修理に行ったケースのお話をご紹介します。

その方は1人暮らしでした。高齢の方で、訪問介護などのサービスを使っていましたが、なぜか車椅子はご自身で購入した車椅子を利用していました。私が訪問したのは、ちょうど訪問介護の人が帰る時間でした。夕方の明るい時間で、食卓に食事の支度ができています。私のミッションは壊れたブレーキに換えて、新しいブレーキを取り付けることです。

作業は順調に進みました。壊れたブレーキを取り外し、新しいブレーキを取り付けると、お客さんに確認をしてもらいました。すると、何度レバーを押してもブレーキが外れません。「こんなに硬くちゃ、使えないわよ」。そう叱られてもう少し緩くします。それでも動きません。あと少し。1ミリにも満たない微調整です。すると、今度はブレーキをかけてもタイヤが回ってしまいます。もう一度。すると、今度は硬すぎて本人の力ではレバーが動かない。緩めて、タイヤが動かないことを確認して、またお客さんに確認をしてもらいます。今度は、うまくブレーキを解除できました。

やった! 私は内心叫びました。

しかし、今度はブレーキがかかりません。「こんなに硬くちゃ、ブレーキをかけられないわ。危ないじゃないの」お客さんがイライラし始めます。それからも、ひたすらトライ&エラーが続きます。

「あのね、私はリウマチなんだから、手に力が入らないのよ。だから、食事もヘルパーさんに作ってもらっているの。それに、移乗する時、体を投げ出すようにしか座れないの。だから、ちょっとの力でしっかりブレーキがかからないと生きていけないのよ」。お客さんの言葉が、作業する頭の上から降ってきます。

そんな無茶な・・。

しかし、諦めるわけにはいきません。ブレーキが使えなければ、お客さんの今日の生活が成り立ちません。”ちょっとの力でしっかりブレーキ”を目指して微調整は続きます。食卓の料理が覚めていくことも気になります。お客さんはずっと車椅子に乗ったまま。その視線を感じながら、ひたすら手を動かします。しかし、お客さんの力に合う1点はなかなか見つかりません。果たしてそんな点があるのだろうか? 奇跡か幻なのではないだろうかという思いが湧いてきます。すでに30分が過ぎていました。

「これでいかがですか?」。お客さんに試してもらうと、今度はブレーキを外して、かけることもできました。タイヤも動きません。「そうね。これなら、いいわね」。

終わったぁ。

「じゃあ、これで固定しますね」そう言って、最後にひと締めをしました。これで、本日のミッション修了! 緊張が抜けていくのが分かります。

ほっと一息をついて工具を片付け始めた時、「なあに、こんなに硬くしちゃって!」とお客さんが叫びました。確認すると、確かに私の力でも硬いと思う状態になっていました。なぜ? ともかく微調整からやり直しになりました。幸いにも一度見つけた1点は、二度目からは容易に見つかるようになりました。しかし、最後のひと締めをすると、決まって大きく狂ってしまいます。一難去ってまた一難。また、ひたすらブレーキとの格闘が続きます。

当時の私は不勉強でしたが、最後のひと締めは、ネジとブレーキ本体の摩擦が強くなっているので、ネジの動く方向にブレーキ本体が引きずられて角度がずれてしまうのです。通常の調整なら問題なくても、このお客さんの場合は非常にデリケートですから、このわずかな角度のずれが大きく影響していました。結局、訪問してから1時間、ようやくお客さんが使える状態になりました。当時の私の技術では、本当に奇跡だったのだと思います。

その後、100以上のブレーキ調整をしましたが、初めてということを除いても、このお客さんのブレーキ調整はとても難しいケースでした。ご本人も話していた通り、自走ができるギリギリの手の力で、1人暮らしをしていたのです。車椅子を購入したのは、介護保険の単位数の問題からでした。

この方が使っていた車椅子は、小柄な方向けサイズのちょっと特殊なモジュールタイプでした。レンタルすると車椅子だけで1500単位、クッションも含めると2000単位でした。介護保険を訪問介護に使わなければならなかったため、それまでレンタルしていた車椅子を中古で購入されていたのでした。

家族などの介護者がいれば別ですが、1人暮らしの方は1人時間を自分で何とかしなければなりません。ベッドから車椅子、車椅子からトイレへの移乗も、食事や何か作業をする時もブレーキをかけることが前提となります。ですから、ブレーキ調整はとても重要な調整の一つです。それによって、在宅生活を続けられるか否かが決まることもあるのです。







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