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四季-移ろいゆく季節の中の変わらぬ狂愛- 第4話

第4話 冬〈醜き人間共についての考察〉

 今年も雪は降らない。
 わたしは血に塗れた自分を不愉快に思う。

 全く、人間とはなぜこうも醜いのか。
 生きている時も醜いが、死んでも醜い。

 我々猫のように、死ぬときは一人でひっそりと死ねばいいものを。

 わたしを拾ってこの家に住まわせた二人の人間には、それなりに感謝している。
 食べるものに困らなくなったし、暖かい寝床も簡単に確保できる。

 だが、ただそれだけだった。
 わたしは、人間の愛玩動物になりたくなかったから、二人と一定の距離を置いていた。
 一方、わたしとともに拾われた黒猫は、一人の人間と仲良くしていた。

 更に云えば、彼はその人間に本と云うものの読み聞かせをしてもらっていた。
 別に、それが何かというわけでもない。
 わたしは彼に干渉しないし、彼はわたしに干渉しない。
 それが良いのだ。

 人間は、社会的な動物だ、と云うことはわかる。
 大きな群れを作り、そして小さな自治を営む。

 そうやって、この世界で規模を拡大しているのはわかるのだが。

 ーーそう、人は人を食べるでもなく殺す。
 それは感情と云うものによって為されるらしい。

 本当に、醜いことだ。

 しかもその感情と云うものは、娯楽ですらないらしい。

 そんなことを考えながら、わたしは家を歩き回る。
 この家にわたしを連れてきた二人は、もう死んでいる。

 だから、明日からの食料の確保は自分でしなければならないし、寝床も探さなければならない。

 ペタリペタリと歩く。
 わたしの体に付いた血が不愉快だ。

 この血は、この女性のもの。
 大量に血を吐いて死んでいる。

 苦しそうだ。
 もう死んでいるのだけれど。

 この女性が横たわっている布団にも、だいぶお世話になった。
 良い寝心地だった。

 わたしはぺたぺたと血の付いた足で階下へ降りる。
 足跡がつく。不愉快だ。

 階下へ行くと、この家の男性の死体があった。
 こちらは頸動脈を切られた、と言う感じか。
 無様にも、這いずり回った形跡がある。意味がないだろうに。

 キンと冷たい風がわたしを撫でる。
 冬、と云う季節だったか。

 そういえばわたしの名前もフユと云う名前だった。
 もう不要だが。

 後から聞いた話だが、「血に塗れた猫がいる」と云うことで、あの二人の人間が殺された事件が発覚したらしい。

 そう、この血に塗れた体が不愉快で、適当な人間を見つけて擦り寄ったのだ。
 人間は簡単だ。すぐさまわたしを保護して、この血を洗ってくれた。

 勿論、その人間の住処に長居をするつもりは無い。
 わたしはしばらくは人間とは距離を置いて良い。人間は十分に観察した。

 そう、あの2匹の人間。何故死んだのだろうか。
 わたしは少しだけ興味を持ち、自分が住んでいた家の周辺で人々の話を聞いていた。
 曰く。

 ここに住んでいた二人は、そもそもが殺人を犯した犯罪者だったそうだ。
 二人が猫を飼っていたと云うのは、近隣住民からの証言で解ったそうだが、わたしも、あの黒猫もどこにもいないーー逃げたと云う話だ。

 そして、二人は自らも他人に殺され、その犯人は捕まっていないという。

 暫く、わたしの住んでいた家の周辺は騒がしかった。
 本当に、人間とは醜い。
 人が殺されたことをこぞって知りたがる。
 他人の不幸が楽しいのだろう。
 なぜかは解らない。多分、そういう生き物なのだと思う。

 わたしは、あの黒猫ではないけれど、二人の人間が殺された方法について考える。

 ナツと呼称されていた男性。
 死因はナイフでの刺殺。
 死んでいた場所は、彼と黒猫がよく一緒にいた縁側。

 アキと呼称されていた女性。
 死因は毒殺。
 死んでいた場所は、二階の寝室、ベッドの上。

 アキの方は自殺にも見えるが、どうなのだろうか。
 寝る前に必ず飲む暖かい紅茶の中に、毒が入っていたようだ。
 これは、彼女の習慣を知っていれば殺せるし、逆に習慣を知っていなければ殺すことはできないのではないか。

 人はこの建物に入れないらしいが、猫なら侵入できる。
 捜査と云うものをしている人間たちの話を聞き、そして事件現場を確認する。

 まずはナツの方。
 首筋をナイフで切り裂かれているようだ。即死ではなく、暫くは生きていたと云う。
 その証拠に、血に塗れながら歩いている形跡があるとかなんとか。
 明らかに他殺だ、と云っている。

 彼らの結論としては、アキがナツを殺害し、そしてアキは自殺したーーとなりそうだった。

 わたしは、違うと思う。
 曲がりなりにもわたしは彼らと一年の月日を過ごした。
 彼らは、お互いを殺さないし自殺もしない。

 わたしの見解では、この事件には犯人がいる。
 それに、わたしはただの猫だから解らないが、ナツを殺したのがアキであるのならば、アキも血に塗れているべきではないのか。わたしのように。

 まぁいい。

 ーーさて、次に、アキ。
 彼女の寝室に行く。当然、遺体は回収されているが、彼女が毒を含んだ原因となった紅茶はそのまま残っていた。
 ーー一口しか飲んでいない。それほど強力な毒だったのだろうか。
 だが、きっとこの毒は、彼女がいつも身につけていたペンダントに入っていた毒だろう。
 この家には、それ以外に毒は存在していない。

 わたしは、わたしの手をじっと見つめる。

 と、わたしは誰かに持ち上げられた。
 ゾッとするほど冷たい手で。

「このネコ、預かっていいかな?」
「ここで飼われていた猫のようですね。保健所に連れて行くしかないと思うので、どうぞ。研究のためですよね、希築さんが持って行くって云うのだから」
「そう云うこと」

 本来なら抵抗するべきだろうが、抵抗ができないほど冷たく、生物として生きているのかわからない手だった。
 わたしはそのまま冷たい彼女に連れられて、どこかの研究所へと連れて行かれた。
 そして、そこにはハルと呼ばれていた黒猫も存在した。

「教授、なんで猫なんて拾ってきたんですか?」
 部屋の住人であろう青年が云った。なんだかぬいぐるみみたいな青年だ。
「え? この子達が犯人だからだよ」
「え?」
「どうしたんだい」

「いや、猫が犯人って」
「人間だって罪のない動物を殺すんだ。猫が罪のある人間を殺したって不思議はないだろう?」
「いやいや、えぇと、それこそ動機ってやつですよ。猫が人間を殺す動機なんてないでしょう」
「いや、あるんだな、ねぇ、黒猫くんの方」

 彼女は、解っているのか。
 ハルと呼ばれていた黒猫が、彼ら二人を殺したことを。
 そしてその動機すら。
 私にも、その動機が解らないと云うに。同じ猫なのに。

「一つずつ整理させてください。まず、どうやって殺したんですか?」
「男性の方から話をするね。彼は巷を騒がせていたバラバラ殺人鬼だろう?」
「えぇ。教授が出演していたワイドショウでも取り上げられてましたね」
「彼は彼の愛しの彼女を殺害したナイフを今でも用いていた。勿論、ナイフだけでは解体できないから、ノコギリやら斧やらも使っていたのだろうけれど」
「ナイフで殺したんですか? 猫が?」
「そうだよ」

 青年が、至極不思議そうに考え込む。
 わたしだって、不思議に思う。

「彼が常に持っていたナイフを奪い、柄を口に咥え、ざくり」
「うーん! まぁ、できる、のか?」

 考え続ける青年を他所に、彼女は話を続ける。

「さて、次は女性の方。これも簡単。彼女が飲むカップに薬を入れるだけだ」
「それも、猫にできるかと思うんですが、まぁ、できたってことですね」
「そう。彼女はペンダントに毒を仕込んでいた」
「なぜまた」
「食人鬼の考えることは解らんねぇ」

 彼女はクククと笑う。
 大方、アキが何を考えていたかくらいは想像がついているのだろう。この人間も、普通ではない感じがする。

「まぁ、このペンダントの構造だよ。彼女が持っていたペンダントの形状を入手して来た。これを見たまえ」

 彼女はディスプレイを青年に向けたので、わたしもそれを盗み見る。
 確かに、アキが身につけていたペンダントと同じだ。

「錠剤の形をしてますね。で、それにそのままチェーンが結合されている感じの。まぁ、なんかありそうではあります」
「この錠剤、それこそそのまま飲めるんだよ」
「なんか、すぐ壊れちゃいそうですが」
「彼女の飲んだ紅茶の成分から、ポリエチレングリコールが検出された。これでコーティングしていたのだろう。で、これをチェーンから外して紅茶の中に入れれば、それで終わりだ」
「どうやって外すんですか?」
「いや、よくあるやつだよ」

 彼女は机の引き出しからチェーンを取り出し、何やら青年に見せる。

「あー、まぁ、確かに。ツマミというかボタンみたいなのを押すと外れる感じのやつですね。いつでもすぐに飲めるようにしてた的な」
「あぁ」
「まぁ、猫にも、できる…のか?」

 そう云って少年はハルに近づき、その手をまじまじと見る。
 おそらく、結論は出なかったのだろう。首を傾げながら自分の元居た椅子に戻って行った。

 二人がふむふむと頷き合っているその会話を聴きながら、わたしは黒猫のハルを見た。
 得意げにしているのがわかる。
 やはり彼の仕業か。
 そして、彼女が云っている事が正しいと云うことか。

「で、動機はなんですか? 猫に動機も何も無いと無いとは思いますが」
 ハウダニットの追求を諦めたような青年が次に問うた。
「そりゃあ、あるだろう。何かをするには何かの理由があるんだ」

 フンフン、とハルが頷く。

「先程、彼は本を切り刻む性癖を持っている、と云ったね」
「ええ、聞きました」
「だが、その中に切り刻まれていない本が存在した。それが、《吾輩は猫である》と幾つかの推理小説だった」
「はぁ」

「で、この黒猫くんに《吾輩は猫である》を見せると」
 そう云って彼女はハルの近くにその本とやらを近づけた。
 するとハルはまるで喜ぶように、その本に足を掛けた。
「他の本ではこの反応はしないし、推理小説も、彼の所有物に無いものは全く反応がなかった。このことから、この数冊が動機である、と僕は考える」

「彼がこれらの本を切り刻もうとした時に、この黒猫くんが邪魔をしたのだろう」
「え、教授、この本って現場から持ってきたんですか。証拠品じゃないですか」
「まさか。流石の私でもそんなことはしないよ。彼の所有物とはまた別のものだ。だからこそ、彼の本である、と云うことは重要ではないことがわかる」
「うーん。猫ってそんなに賢いんですか」

「個体差ってやつじゃないか? 人間にも莫迦はいるだろう」
「まぁ、莫迦も狂人もいますが」
 ふむふむ、とハルは得意げに頷く。
 まぁ、わたしも、自分は賢い方だと自負しているが。

「だが、彼はさらに賢い猫に出会う」
「この白猫ですか?」
 ハルが恨めしそうにわたしを見る。
 知らん。
「違う。この名も無き猫だよ」

「どう云うことです? 物語の登場人物でしょう?」
「いや、この本の執筆者だ。ーー少なくとも、黒猫くんにとってはね」
「……まさか、黒猫くんは、ーー当然ですがーー本は書けない。でも本を書いた猫がいる。その猫より、自分が賢いと証明するために? え? それが動機ですか?」

「推理小説では、多くトリックが使われ、トリックを見破られて完結する物語が殆どだ。それでは、見破られないトリックを作り出せたら?」
「完全犯罪。今の時代、人間でも無理です」
「そう。黒猫くんは、無事彼の本の著者である名も無き猫よりも賢いと証明できたわけさ」
「いや、教授に見破られているじゃ無いですか」

「何を云っているんだ、美咲くん。ぼくは狂人だよ? 狂人の戯言は、真実ではない。黒猫くんにも、断りは入れてある」
 まぁ、ハルの思考は解る。
 トリックを見破られていない、すなわちサスペンスとか云う娯楽の中で云えば逮捕されていない。そもそも、二人を殺せた時点で完全犯罪だったのだ。
 些か、ズルと云いたいが、狡賢いと云う言葉もあるし。
 そして、それを解ってくれる人が居ないとそれはそれで彼と対等になれない。

 わたしがハルを見ると、解ってるじゃないか、と云うような表情を向ける。
 まぁ、わたしもテレビは好きだった。貴方ほどじゃ無いけれどね。

「さて、二匹ともお行き」
「え? 逃すんですか? ダメですよ」
「何常識人みたいなこと云ってるんだ、美咲みさきくん。この狂人しかいないと云われる癲狂院てんきょういんの中で」
「一応ボクは教授の助手ですからね。いいですか? ボクはぬいぐるみです。そして何故か皆、ボクをぬいぐるみ扱いしてくれないんです。でも教授はボクをぬいぐるみ扱いしてくれるんです。だから教授が居なくなったら困るのですよ」
「さすが狂人だ。だが安心していい。彼らはこの施設の中に放つだけさ」
「…それって結局同じなんじゃあ」

「ここから逃げるのは、勝手だよ。でも、この子達もだいぶ狂ってるじゃあ無いか。この施設に、相応しい」

 そう云って、わたしとハルは解放された。
 わたしはまた、人間観察と洒落込もうじゃないか。

 ハルのことはどうでもいい。
 彼はただただ、得意げにしている。

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