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四季-移ろいゆく季節の中の変わらぬ狂愛- 第3話

第3話 秋〈狂愛の意味〉

 愛しているって、どう云うことかわかる?
 ずっとずっと一緒に居たいってことよ。

 だから。

 ふふ、私が貴方を疑うって云うの?
 そんなことは、しないわ。
 だって貴方、私のこと、大好きでしょう?

 それは解ってるわ。

 違うの。
 そう云う意味じゃないのよ。

 ずっと、一緒に居たいってこと。
 ずっと、ずっと。いつも、いつまでも。

 私は洗濯物をベランダに干しながら外を見る。
 ここは2階のベランダで、周りを見下ろすことができる。
 ここは、住宅街。
 でもこの時間は人があまり居ないから、私も外の空気を吸うことができる。
 私と、一緒に住んでいるナツはともに殺人犯だ。

 殺人犯同士、身を寄せ合っているのだが、ただお互いが殺されたがっていると云う側面もあると思っている。
 私たちは罪びと。罪びとは裁かれるべき。
 けれど、きっと私もナツもお互いを殺すことはないと思うの。
 だって、私たちは愛故に殺したのだから。
 だから、愛していないナツを殺すこともないし、愛していない私をナツが殺すことはないと思う。
 ふ、と足元を見ると白い猫が日向ぼっこをしていた。

 フユと云う、なんだか達観したような猫だ。
 撫でようとすると逃げるのが常なので、私は撫でようとはせずに、そのまま部屋へ戻った。

 秋と云う季節を、私は結構好きだったりする。
 紅葉した木々は、美しいと思う。

 ああ、と私は思い出す。
 自分が、あの人を殺したことを。

 ナツは、自分が彼女を殺したことを後悔しているらしい。
 私は、そんなことはしない。
 だったら殺さなければよかったのに。
 ナツは良く本を読んでいるので、一体なぜそんなに沢山本を読むのかと聞いたことがある。

 ーー推理小説を読むときは、動機が気になるかな。なんで、人を殺したのか。
 ーー貴方はなぜ、彼女を殺したの?
 ーー彼女に、許されたかったから。
 ーー何それ、意味わからないわ。
 ーーそうだね。ぼくの動機は、きっと推理小説では読者の批判を浴びる気がするよ。

 私の動機を、ナツは聞かなかった。
 私の動機は、多分ありふれたものだと思うから。
 ただ、愛する人と一緒にいたい。
 そう願う人は、沢山いるだろう。
 だから、私の動機は、きっと異質ではない。

 この時間ならいいかなと思って、私はナツに「カフェに行かない? いつもの」と誘ってみた。
 ナツは珍しく私の誘いを断る。
「ぼくはハルと一緒に本を読んでるよ。偶には、一人でいってらっしゃい」
「解ったわ。ありがとう!」
 一人の外出は、少し怖いけれど、あのカフェに行けば怖くはない。
 あそこは、異質だ。

 空いている電車に乗り込んで、いつものカフェの扉を開く。

 カラン、と心地よい音をたててベルが鳴る。
 そして「いらっしゃい」と威勢の良い声が聞こえる。
 ここのマスターだ。

 私は一人、二人掛けの席に腰掛けて注文をする。
 モンブランと紅茶を頼む。
 秋になると私の好きなケーキが現れる。ここのお店のモンブランは、特別、美味しい。

 でも、このカフェで紅茶を頼むことは、実は異質だ。
 ここに来る人たちは、決まってコーヒーを頼む。

 私は、スマートフォンを取り出し、ニュースサイトを回る。
 私の事件が報道されている。
 私の愛の証を、沢山の人が見ている。

 私が彼を殺した動機は、好きだからなのだ。
 私が大学で民俗学を専攻していた時に見つけて、ときめいたその文化。
 食人の文化。
 人を食べる意味は、色々とある。

 飢餓だとか、他の部族を取り込むとか、英雄の血肉だからとか。
 その中で、一際私の心に残ったのが、愛ゆえの食人だった。
 その人を食べて、自分の血肉とする。自分と相手が、一つになる。
 ーー私は、心臓に手を当てた。
 ああ、あの人の心臓は、おいしかった。

 そう、人は動物の一種だ。
 そして交配と云うのは、種を存続させるための行為だ。
 その相手を選ぶのも、また本能だと思う。
 他人から香るいい匂いは交配して種を残した場合、生存可能性が高い相手だ、と云うことだ。
 よく、若い女性が父親の匂いを嫌がると云うのは、そう云うことだ。交配相手ではないし、更に言えば交配してはならない。

 それは社会がどうとか道徳がどうとかではなく、その交配で生まれた種は余り良くないものだからだ。
 それを、人間は本能で解っている。
 同じように、人は自分に不足している栄養素のあるものを食べたいと感じる。
 美味しいと感じるものは、自分にとって必要なものなのだ。

 だから、きっとこのモンブランも、私にとって必要なものなのだ。
 そして、そして彼はいい匂いもしたし、とてもとてもおいしかった。
 私が求めていた味だった。
 やはり彼は、私に必要なものだったのだ。

 私は、彼との間に種を作るよりも、彼と一緒にいることを望んだ。
 それくらい、私は彼のことを愛していたのだ。

 一口一口、彼の脳みそをスプーンで堪能したことを思い出しながら、私は愛しくモンブランを口に運ぶ。

 彼は、なんと言っていたっけ。
 彼は、私のことが好きだったのかな?
 彼は、私に食べられて嬉しかったのかな?

 嬉しかったに違いない。
 だって、彼は肉を削がれながら笑っていたもの。
 彼だって、私の一部になることを望んでいたに違いない。

 彼が私を食べるでも良かった。
 でも、彼は私を食べなかった。
 だから私が彼を食べた。

 それは、私たちの愛の形。
 死ぬ時は一緒なの。だってもう、私たちは同一になったのだから。

 ーーと。
 近くの席に座っている人と目があった。

 こんにちは、と言いたげに彼ーー彼女? は私に微笑む。
 私は、ちょうどモンブランを食べ終わったところなので、ちょっとだけ気になっていた彼の前に、紅茶を持って移動した。

 彼は、誰も拒まない。

「こんにちは」
 私が挨拶をすると、彼は応える。
「こんにちは。初めまして、ですかね」
 まるで、何も存在しないかのような笑み。

「貴方を見ることは何度もあるけれど、お話しするのは初めてかな!」
「僕は、有名らしいですから」
「そうね。だって貴方、いつもこの席に座っているものね」
「良くご存知で。ーーとは云っても、僕も貴女のことは知っていますけれどね。旦那さんとお話ししたこともあります」

「あぁ、ナツと?」
「ええ。その時は、貴女の落としたペンダントを、僕が持っていたので」
「あら、貴方が。もしかして、その中身見た?」
「ええ。だから、欲しくなっちゃって」
 私はクスリと微笑む。

 この中身を、知っていて欲しくなるなんて変な人。
「貴女は、なぜこの中身を持ち歩いているのですか?」
「最初はね、私も世間一般的な人間かなって信じてて」
「ふふ、面白いこと云いますね」
「猟奇殺人なんて滅多になくて、もちろん、この日本皇国でも、海外でも。大抵は感情の果てに殺して、自首したり、逃げるは逃げるでもすぐ捕まっちゃうでしょう? 私も、後者の人間なんじゃないかなって思ってたの。…あ、前提が抜けてたね。私、今ワイドショウとかで報道されてる食人鬼なの」
「なるほど」
 彼は驚いた風もなく、受け入れる。
 やっぱりこのカフェは普通ではない。

「でも、私は違った。私は私がやったことに満足しているの。もし、後者の人間だったらこのペンダントの中身を飲んで死んじゃおうって思ってて」
「じゃあ、その中身はもういらないですか?」
「欲しそうね。でもあげない! 今はこれ、お守りなの」
「お守り、ですか」
「そう」

 それにもし、警察に捕まることになったら。
 私は自死を選ぶ。
 だって、そんな醜い死に方をしたくない。
 私の血肉になった彼と一緒に、美しく死にたい。
 だからーーナツにこの薬を使うことはない。
 これは、私用の薬なのだから。

「あ、なんだか私ばっかり話しちゃってごめんね。貴方、喋るの好きなのに」
「ふふ、確かにそうですね。僕はよくこの席で、色んな人に持論を話していることが多いですね。何か聞きたいことでもありますか」
「そうね。例えば、貴方には、好きな人はいる? 殺しちゃいたいくらい好きとか、食べちゃいたいくらい好きとか」
「そうですね…。僕は、僕が一番好きです」
「あら、素敵ね!」

「ありがとうございます。僕は、僕が世界で一番大切だから、僕を悲しませたくないんです。そこに、他人と云う要素が入ってしまうと、僕はとても不安になる。本当に、僕のことを大切に思っているのか、とね。それは恋人ではなく、親だってそうです。他人の思考なんて読めませんから。けれど、僕が僕を一番に愛せば、それは真実以外の何物でもないのです。絶対的に信頼できる自分が自分を愛せば、疑うこともなく、相手は僕を愛していて、僕は相手を愛しているのです」

「いいわね、その考え方。私、好きよ」
「ふふ。特に家族なんて云うものは、法律で縛らなければならない関係性です。そこに愛や思いやりがあるのならば、法律なんていらないはずです」
「そうね。同感よ。私も、彼との間に法律なんていらないもの…!」
 私は、彼と話をするのは初めてだけれど、とても面白い話をする人だと云う印象だ。
 名前を聞きたいけれど、私は私の名前を教えたくないから聞かない。

「おや、家族を否定するようなことを云ってしまって申し訳ない、と思いましたが…もしかして既婚者じゃない感じですか?」
「あぁ、ナツのこと? 一応、同居人ではあるわ。でも、私の愛しの人ではないの」
 このカフェは、変な人が多いから、これくらい不思議ではないと思う。
「そうでしたか、失礼しました」

「でも、色々と面倒だから、ナツとは夫婦みたいにふるまっているわ。色々と、面倒よね」
「わかります」
 彼は、とても素敵な微笑みを浮かべた。
「あら、ちょっと話し込んじゃったかしら」
「あぁ、旦那さん、もとい同居人の方がお待ちですか」
「ええ」そう云って、私は立ち上がる。「とても、とても楽しかったわ!」

 家に帰ると、珍しくハルとフユが一緒にいた。
 ニャゴニャゴと会話しているように思えるけれど、猫って会話するのかしら。
 フユは矢張り達観した目で、私を見たーーそして、私の後ろにいるナツを見た。
 ハルはナツが来た途端、ナツの足元に縋り付く。なんだか最近、よく足元にいる気がする。

 この前なんて、ハルを避けようとしてナツが転んでたもの。
「おかえり。楽しめた?」
「ただいま! うん、楽しめたわ。ありがとう!」
 そう言って私たちは嘘の笑みで笑い合い、私は夕食の支度を始める。
 ナツは夕食までいつものように縁側でハルと一緒に本を読む。

 夕食が終わると、「今日は満月のようだよ」と云ってまた縁側へと向かう。月を眺めながら、小さな光で本を開く。
 当然、その隣にハルが居るーーと思いきや、珍しくそこにはいなかった。
「ハルはどこ?」なんて野暮なことは聞かずに、私はナツに声をかける。

「今日は先に寝るね」
「うん。疲れた?」
 確かにそうかも知れない。
 だって、こんな生活になってから、私はナツ以外とほとんど喋らないし、そもそもナツともほとんど喋らない。
「今日ね、喫茶店であの人とお話したの。いつも居る、髪の長い彼」

 そう云うと、ナツはにっこりと笑う。
「あぁ、神崎さんかな」
「名前は聞かなかったの。でも、多分そう」
「彼、アキのペンダントを中々返してくれなくてさ」
「あはは、その話、今日したわ。変な人よね」
 そう云って、私は自分の胸に手を当てた。

「あれ? またない…?」
 あんなに大切なものなのに。
「帰ってきた時にはつけてたから、お風呂に入った時じゃないかな」
「そうかも。ありがとう!」
 ナツの言葉に、私は安心する。
 家にあるのなら、問題ない。

「いいえ。じゃあ、おやすみ」
「ええ、おやすみ!」

 私は、ナツに挨拶をして、風呂場へ向かう。
 でもそこにもない。

 ……まぁいい。家にはあるのだから。
 明日、明るいうちに探そう。
 ナツに云われた通り、今日はちょっと疲れているのかも知れない。
 私はいつも通り、寝る前の紅茶をカップに注いで、2階の寝室へ持って行った。

 一口飲んで、ベッドに倒れ込む。

 階下では、大きな音がした、気がした。

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