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四季-移ろいゆく季節の中の変わらぬ狂愛- 第5話

第5話 一年の終わり〈とある人物の自白〉

「教授!!!! ちょっと、この、院内論文の内容! どう云うことですか!!」

 珍しく、美咲みさきの怒号が研究室に響く。
 この癲狂院てんきょういんは精神病患者の生活施設であり、同時に彼ら専属のカウンセラーや精神病を専門とする医師のための施設でもある。更に良くないことに、彼らを研究する研究者や学者の生活施設でもある。

 今この一室で会話をしている女性の方は自らを《真理学者》と云うような戯けたことを自称している。そのことからも解る通り、彼女自身も少し変わった人間である。ここで生活をしながら研究をしている学者や研究者などと云うものは患者よりも狂っていると云ってもいい。何よりも知識欲を優先する彼らを揶揄して『癲狂院には狂人しか住んでいない』と云う人も多い。

 そう、癲狂院は倫理や道徳よりも、知識欲を優先して良い、日本皇国唯一の施設なのだ。
 その性質あって、癲狂院で働く医師や研究員による論文は二種類ある。
 一つは、通常の学会に提出するもの。
 そしてもう一つが、院内論文と呼ばれるものになる。

 この院内論文は、それこそ世界に出したら反発を生むような倫理的道徳的に非常にまずいと判断して院内に止めるものである。勿論、判断するのは研究者自身ではない。
 この研究結果は、例えば日本皇国が戦争に巻き込まれた時や、国家間のアンダーグラウンドの取引などに利用されている。
 多くの国でも、おおっぴらにできないがこのような非人道的な研究はされており、秘密裏に取引されているのだ。
 だからこそ、この癲狂院は日本皇国に必要なものなのだ。

「だから、院内論文になってる訳だよ」
 論文の査読をしていた美咲は、その内容を全て読む前に希築きづき教授を問い質したのだった。
 曰く。

「あの事件の犯人、結局は希築教授だったんじゃないですか?」
「そうとも云えるね」
「被害者である嘉川かがわ 夏野なつの北原きたはら 秋哉しゅうや。まさか、癲狂院の治験モニターしてたって…」
「でも、その後の一、二ヶ月後の健康診断では全く健康体だったし、彼ら二人の他にも同じ治験を受けていた人がいたよ? それに、警察だって聴取に来たじゃないか。そして真実を伝えて問題なし、となったじゃないか」
 希築教授はククク、と笑う。このセリフが上部だけのものである、と云うことだ。
「でも、狙いはこの二人だった訳で、そして成功したわけですよね」

 希築教授は「あはは」と笑った。

「去年の頭頃から半年だったね。その治験。そして殺人犯の彼と嘉川 夏野、食人鬼の彼女と北原 秋哉が出会ったのが、治験が終わってから数週間後。見事に、私の研究は達成されたよ。まさか約半年で相手を見つけ、そしてこんな事件になるんだから」
「それは、ボクも正直意外ではありました」
 彼らが恋人を殺したと云うことは、すでに世間の認知となっている。

 そして、彼らは長く付き合った恋人同士ではなく、一年も過ぎない恋人同士だったのだ。
「が、詰まりそれは教授のせいだった訳ですね」

そうさ、、、。然も、お互いがお互いの殺した人間の名前にまつわる名前で呼ばれていたのは面白い偶然じゃないか」
「ナツと呼ばれていた男性の恋人が《嘉川 夏野》、そしてアキと呼ばれていた女性の恋人が《北原 秋哉》。彼ら自身の名前はなんでしたっけ?」
「……興味ない…」
「また、さすがですね。ボクも興味ないですが」

 そうして、美咲は論文のタイトルに目を落とす。

《異常者に好かれるフェロモンの体内合成促進剤の開発》

「と云うか、人間に性フェロモンは効かないって研究が出てましたよね?」
「アンドロスタディエノンとエストラテトラエノールのことだね」
「そうですそうです。好かれるってことから、性フェロモンの一種ですよね?」
「そうだ。まぁ、物質の詳しい合成方法とか構造とかはその論文に載っているから良いだろう」
「そうです。教授は、詰まり治験で二十人に少しずつ違う構造の薬を渡していた訳ですよね。そして、彼ら二人が、成功してしまった」
「そう。男性と女性で違うって云うのもまぁそうだろうとは思っていたけれど、そうだったなぁ。さすが私だ」

「まぁ、さすがなんですが。ボクが何を心配しているか解ってますよね」
「大丈夫大丈夫。ここは癲狂院だぞ? 何よりも、知識欲を優先していい施設だ。そして僕はここの研究員だ。いやぁ、人間は簡単に人間を殺すねぇ。それを愛とかなんとか名前を付けるのは、本当に滑稽だ。それに、この件はまだ発展途上だ、解っているね、美咲みさきくん」
「勿論ですよ。再現性がない実験には価値がありませんから。そもそも、この治験内容と彼らの性質がよかっただけで、全ての人間に有効であるかは解らないわけですから」

「そう。この促進剤を不特定多数の人間にばら撒いて、そして同様の事件が起きるのか。それを実験しないとならない」
「そんなこと、流石にこの国ではできないですし、ましてやこの施設では治験者が足りないですよね、だって半分は死んじゃう想定なんですから」
「そうだね。この論文は、あくまでも高い可能性レベルまででしかないね。戦争とか始まったら、きっと本格的に研究させて貰えるのだろう。かの七三一部隊のように」
「もしくは津山三十人殺し事件みたいな」

「あー、いいねぇ。そしたら物騒な世の中じゃなくてもできるね」
「まぁ、大丈夫ならボクはそれで良いんですけれどね。でもーー殺人者を、殺人者本人に手を加えずに生み出す方法ーーこれはもう、アングラ論文では可成り価値が高いですよ、ホント」
 そう、今回の事件で、希築教授が手を加えたのは殺人鬼や食人鬼ではなく、その被害者なのだ。
 殺人者に接触せずに殺人者を作り出すと云う研究結果は、今のところ聞いたことがない。

「だが、最後のあの猫たちは私としても想定外だったけれどねぇ。実はこの施設の誰かの実験体だったのかも知れない」
「そのほうが、なんか真実味ありますよ。吾輩は猫であるを聞いた猫が、その猫よりも賢いことを証明するために殺人を犯したなんてもう意味わかりません」

「さらにその猫は、サスペンスや推理ドラマを見て、トリックを使うと云うことは賢いと考えた」
「本当に、眉唾です。ですが、真実なのですよね?」
「美咲くん、真実かどうかなんて、殺人鬼が人間でも猫でも同じことだよ。いいかい? なんで殺人を犯したか? その動機なんて誰にも解らない」
「それって、自供した内容が本当かどうか解らないってことですよね」
「そうだとも。だから私はね、なぜ殺したか(ホワイダニット)は価値がないと思っているんだよ。どうやって殺したか(ハウダニット)、誰が殺し(フーダニット)は証明できるがね」

「でも、教授はホワイダニットに興味があるんでしょう、どうせ」
「当然さ。私は真理学者だからね。今回の最後の事件に関して、つまり殺人者が人間だろうと猫だろうとそこに意味はないのだよ」
「まぁ、うん、確かに…?」

 さてーーと希築教授は外を見た。
 漆黒の夜空だ。

「さて、美咲くん。彼らが殺人を犯し、世間を賑わせた一年が終わろうとしているよ」
 どこからともなく除夜の鐘が響いてくる。
「何がめでたいのかは解らないけれど、世間がめでたいらしいから、私たちもめでたい気分になろうじゃないか」
「意味解らないですよ」
「一般人のフリをするのも、狂人の大切な役目さ」
「そうかも知れないですね」

「では、明けましておめでとう」
「明けましておめでとうございます。今年も一年、よろしくお願いします」


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