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15. 本はインスパイアする! グループ・ジャマシイ(代表:砂川有里子)編著 『教師と学習者のための日本語文型辞典』 くろしお出版 1998

本のメッセージ

『日本語文型辞典』は、砂川有里子氏を代表とするグループ・ジャマシイのメンバー(駒田聡、下田美津子、鈴木睦、筒井佐代、蓮沼昭子、アンドレイ・ベケシュ、森本順子)の編著により、1998年に出版された。編著者一同による「はじめに」には、企画から出版まで8年を費やしたとある。その年月がプロジェクトの重みを象徴するように、3000項目以上の文型や表現形式を、豊富な例文を用いて解説したベストセラーである。本書の意図として、次のような記載がある。「この辞典では、文型を文や節の意味・機能・用法にかかわる形式という広い枠組みで捉え、それが場面や文脈の中でどのように使われるのか分かるように記述することを試みました。」 (p.1)

今まで日本語の辞書・辞典というと、国語辞典、漢和辞典、類義語辞典、擬音語・擬態語辞典など、日本語をすでに習得している母語話者が、折に触れて参考に用いるという性格のものだった。本書はタイトルに『教師と学習者のための』とあるように、日本語学習者の視点を重視した構成になっていて、今までの辞典とは異なる前代未聞のプロジェクトなのである。出版以来、海外での反響も大きく、英語、中国語、韓国語、ベトナム語、タイ語に翻訳されている。また、2023年6月、25年振りに用例を刷新し、項目の追加もなされて、大幅改訂版が出版された。

多くの項目の中から、今、筆者の手元にある『日本語文型辞典』に、たまたまポストイットが付けてある項目を例としてあげたい。いつこのような付箋を付けたのかわからないのだが、「だろう」についての項目である。この項目には、「…だろう(推量)」、「…だろう(確認)」、「…だろうか」、「…ではないだろうか」、「Nだろうが、Nだろうが」、「…だろうに」、「…のだろう、」という7つの下位項目がある。中級以上の日本語学習者に問題となる文型を集めたものという本書の意図にあるように、ここに集められた文型は、教える側の立場から簡単に思い浮かぶ「だろう」文だけではない。例えば、「あしたもきっといい天気だろう。(推量)」や「君も行くだろう? はい、もちろん。(確認)」は、思い浮かぶかもしれないが、「この計画に母は賛成してくれるだろうか。」、「相手が重役だろうが、社長だろうが、彼は遠慮せずに言いたいことを言う。」、「あなたの言い方がきついから、彼女はとうとう泣き出してしまった。もっとやさしい言い方があっただろうに。」などの例文は、簡単に思い浮かぶものではない。本書の例文は、日本語能力検定における1・2級の文型や新聞、雑誌、小説、シナリオなどからも集められているので、空想ではなく地に足が付いた日本語の教材となっている。何と言っても、例文の豊かさは、他に類を見ないもので、教師と学習者に役立つ情報の宝庫である。例文を読んでいると、確かに日本語にはこういう表現・文型があったなあ、と感心させられるのは筆者のみではないだろう(はい、「だろう」文を使いました!)。

日本語教育のための辞典

本書の特徴として無視できないのは、あくまで日本語を外国語または第二言語として習得する学習者とその指導者に便利なように構成されている点である。特に索引であるが、通常の事項索引に加え、意味・機能別索引、さらには末尾語逆引き索引がある。末尾語逆引き索引で「だろう」をチェックすると、「といってもいいだろう」、「まちがっていないだろう」、「まず…だろう」、「ば…だろう」、「たら…だろう」、「でも…だろう」、「ことだろう」、「のだろう」がリストアップされている。こうして、「だろう」がどのような文型に使われるかがまとめられているのである。かつてこんな形で情報が提供されたことがあっただろうか(はい、再び「だろう」文が登場しました!)。『日本語文型辞典』で初めて可能となったわけで、実に画期的なプロジェクトなのである。

さらに、本書の例文には、漢字すべてにルビが振ってある。多くの日本語学習者が挫折する原因の「漢字が読めないからあきらめる問題」に、(25年前という早い時期に)心配りがされていて、これもまた、本書ならではの学習者視線を反映している。

あくまで個人的な事情

筆者は、砂川有里子氏と懇意にさせてもらっている。初めてお会いしたのは、1980年代半ばだったと思う。まだ国立国語研究所が北区西が丘にあったころ、なにかの会でご一緒したのである。それ以来、砂川さんのご好意により筆者は筑波大学や、立川に移転した国立国語研究所で開催された学会にご招待いただいた。彼女にお会いしてから、学問とは多くの仲間と協力してこそ良い結果が出るのだと、つくづく思うようになった。リーダーシップのとり方がすばらしく、学者仲間、院生、学部生、留学生などが絶大な信頼を寄せる、ホントに頼りになるカッコいい方なのである。筆者はアメリカ東部の大学で、日本語研究の仲間はいないまま、かなり孤立した状況で、ただ必死に(けれども楽しく!)筆者なりの学問を追求してきたので、彼女の学者としてのスタンス・立場は、実に刺激的・感動的である。日本に帰国する度に、何度かお世話をいただき、いつも心温まるおもてなしをしていただきました。一度は筑波山のドライブに誘っていただき……それが今は、ただなつかしい。ほんとうにありがとうございました!

今回、『日本語文型辞典』は、25年ぶりに大改訂された。2023年6月に出版された改訂版では、時代遅れとなった例文が書き換えられ、新たに加えられた内容を合わせると3,342項目という膨大な情報が提供されている。このような企画にあたってリーダーシップをとり続けていく力は、やはり、砂川さんならでは、なのである!

なお、砂川さんは、令和5年度文化庁長官表彰に選ばれ、その理由としてあげられた功績概要の中にも、「永年にわたり、日本語教育研究者として日本語教育人材の養成に取り組むとともに、『日本語文型辞典』の企画・編集に携わった」とある。さらに「コーパスを用いた日本語研究にも造詣が深く、日本語と日本語教育を結ぶ研究を通して日本語教育の発展に大きく貢献にしている」との記述がある。おめでとうございます!


■この記事の執筆者
泉子・K・メイナード(Senko K. Maynard)
山梨県出身。AFS(アメリカン・フィールド・サービス)で米国に留学。甲府第一高等学校およびアイオワ州コーニング・ハイスクール卒業。東京外国語大学卒業後、再度渡米。1978年イリノイ大学シカゴ校より言語学修士号を、1980年ノースウェスタン大学より理論言語学博士号を取得。その後、ハワイ大学、コネチカット・カレッジ、ハーバード大学、プリンストン大学で教鞭をとる。現在、ニュージャージー州立ラトガース大学栄誉教授(Distinguished Professor of Japanese Language and Linguistics)。会話分析、談話分析、感情と言語理論、語用論、マルチジャンル分析、創造と言語論、ポピュラーカルチャー言語文化論、言語哲学、翻訳論、日本語教育などの分野において、日本語・英語による論文、著書多数。
くろしお出版から刊行の著書

■この記事で取りあげた本
グループ・ジャマシイ 編著
『教師と学習者のための日本語文型辞典』 
くろしお出版 1998
出版社の書誌ページ(現在は改訂版のみの取り扱い)


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