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ショートショート小説集

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原稿用紙10枚以下のショートショート小説集です。
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記事一覧

ショートショート 『天の呼び声』

 高く、低く、優しく、強く、人の心を捉えて放さない美しい音色で、少女の声は響き渡る。町に、空に、そしてこの世界中に。  ツナグ様。それが少女の名前だった。  千年に一度、この世界に現れる〈声を持つ者〉は、天上の人々によって塔へ奉じられ、朝夕と祈りの歌を歌い続ける。世界中の人々の幸せのために、千年の間、一日も欠かすことなく。  その心地よい声音に、人は天を見上げ、恍惚とする。ジュンもまた、人々に倣うようにして朝の声に聴き入った。  優しい声、美しい声。人はそう言うけれど

短編小説 『ピエール=アルベール・マルケ「レ・サーブル・ドロンヌ」』

ピエール=アルベール・マルケ画「レ・サーブル・ドロンヌ」 (国立西洋美術館 常設)  ——この灰がかった透明な海の色は、きっとマルケにしか出せない色であろう。  イヤホンから流れるガイド音声が、厳かにそう告げて、あとには静寂だけが残った。  平日の美術館、それも期間限定の特設展ならまだしも、常設展示に人は少ない。混んでいれば、ベルトコンベアよろしく、流れ作業で見ていくしかない絵画も、今日のような日に来れば何時間でも独り占めできる。百年も——あるいは数百年も前の時代に思い

短編小説 『ジョアン・ミロ「絵画」』

国立西洋美術館で常設展示されている、ジョアン・ミロ(Joan Miro 1893-1983)の作品『絵画』をテーマにしたショートショート小説です。  宇宙の中心で赤々と輝く球体、太陽。  その類稀な存在を、イモラに生きる生命《イデア》たちは、静かにじっと見上げていた。  太陽。それは、全てを生み出した大いなるイデアの源。太陽。それは、燃ゆる命。遠い遠い遠い昔、私たちは太陽からやってきたのだと、誰に教えられたわけでもない、そんな意識をイデアたちは共有していた。どんなも

ショートショート 『果ての民』

 〈あなたは誰? ■■■は■■ったの?〉  谷の風に千切れた紙を小さなカバンに仕舞い込むと、僕は凧を背負い、崖を蹴るタイミングを計った。  かつて〈果ての民〉は、こうして〈向こう側〉へ飛んだのだという。どこまでも深く隔てられた谷の向こうへ、複雑な風を正確に読み切って。  音を立てて吹く風は、一つ間違えれば凧を切り裂いてしてしまうだろう。そうなれば僕の命はない。以前、将軍が特別に用意させた長い長いロープも、ついぞ谷底に触れることはなかった。ここはそれほど深い谷なのだ。加え

ショートショート 『あの人』

 初めてあの人の存在に気づいたのは、浴室でした。  もう何日もシャワーの日が続いていて、ええ、私はお湯に浸からないと疲れが取れないほうなので、その日はゆっくりと湯船に浸かろうと……。  半身浴ってご存じですか?  心臓の下まで溜めたお湯に、ゆっくり浸かるんですの。ええ、もちろん肩や腕にもお湯をかけながら……そのときでした。私、気づいたんです。鎖骨のあたりに、赤い痣(あざ)があることに。  あらどうしたのかしら、私はそう思い体を点検しました。すると、背中やおしり、乳房の

ショートショート 『百物語』

「じゃあ、俺も怖い話を一つ、な」  蚊取り線香の匂いが漂い、鈴虫の声が聞こえてくる真夏の夜。蝋燭(ろうそく)の明かりだけが揺れる部屋で、一人の男が口を開いた。 「ニワトリ、いるだろ? 卵を産むやつ」 「ああ」  どんな怖い話だろうと、集まった男女が息を止め、耳を澄ます。男は皆の顔を見渡して、 「いまのニワトリはな、人間がつくりだした品種なんだ。卵を産むように、肉が軟らかくなるように、改良に改良を重ねられた……」  動物の霊の恨みか──皆の期待が高まる。すると男は、

ショートショート 『午前3時の仕事』

 誰もが寝静まった午前3時。  半袖ワイシャツに黄色いガウチョパンツ、洒落たカウボーイ・ブーツに、頭にはしましまの三角帽子をかぶった男は家を出る。行き先は、近所の公園。そこに古くから設置されている、地球儀型の回転遊具。  彼は深呼吸すると、その遊具を東に三回、西に二回、そしてさらに東に一回ゆっくりと回す。  なぜなら、毎日午前3時、地球は一旦、自転をやめる。夜の場所は夜のまま、朝の場所は朝のまま、時間はそのまま止まってしまう。再び、地球を自転させるには、この公園の遊具を

ショートショート 『霊媒師』

 彼は霊媒師を商売にしている男だった。見えない霊を見えると言い、大切な人を亡くした人間からお金を取る。手っ取り早く言えば、詐欺師ってやつだ。 『良心とか、痛まないの?』  彼に泣いて感謝する遺族を見て、一度、そう言ったことがある。私がそのとき食べてたアイスクリームも、部屋に不似合いな大きいテレビも彼に買ってもらったものだから、本当は言えた義理じゃない。だけど、悲しみにつけ込んでお金を取る彼に、私は常々疑問を抱いていた。 『ミーコにはわかんねえよ』  すると、彼は言った

ショートショート 『なぜ人を殺してはいけないのですか』

 キリスト教の最高指導者であるローマ教皇。その教皇がおわすバチカン宮殿は、光に溢れた宮殿だった。  キリストの復活を表した彫刻や壁画、ステンドグラスに十字架。それらの歴史ある品は、聖なる宮殿をさらに美しく際立たせ、満ちる空気をも清浄にした。  ここは聖域だった。神を信じるものだけが、この空気の中に存在できるのだ。このいつにもまして静寂に満ちた宮殿に。  しかし、その聖域に何者かが入り込んだ。満ちていた光が心なしか翳り、その足音は胸に刺さるように響いた。教皇が振り返ると、

連続ショートショート小説 『Show must go on』

Show must go on──何が起きようとも、舞台は続けなくてはならない、という意味。転じて、どんなアクシデントにもめげずにやり続けるべし、というビジネス格言にもなっている、イギリスのことわざ。 Show must go on Part1  ──今日も芝居の幕が上がる。舞台が明転し、役者が最初の台詞を口にする。いつもの通りに始まった舞台を、私は袖から見つめていた。  劇団「櫂船《かいぶね》」、私はその舞台監督。  たとえ親が死んだとしても、役者は舞台に出なければな

ショートショート 『日本の未来』

 彼は祖国、大日本帝国を愛する若者だった。その愛国心は彼を特攻隊員に志願させた。いま、彼の目はアメリカの艦隊を捉えていた。あそこに突っ込み、自爆する。それが彼の望んだ道なのだ。彼は迷うことなく操縦桿を倒した。  エンジンが最後のうなりを上げ、加速していく。大日本帝国バンザイ、彼は突撃する一瞬前にそう思い──、その一瞬後にこう思った。  ──俺は祖国に勝利をもたらせるだろうか。  それは命を惜しんでの考えではなかった。ただ、彼はその一瞬、強くこう望んだのだ。──祖国の未来

ショートショート 『勇者の剣』

「この剣を抜くことができた者が、世界を救う勇者じゃ」  触れを出して集めた勇者候補生たちに、白髭の師匠は、もっともらしくそう言った。 「君たちは世界を救うため、いまからわしと修行をする。そうした後、この剣を抜くことができれば、立派な勇者として旅立てるであろう」 「……この剣を?」 「マジか? 冗談だろ?」 「こんなデカいもん、物理的に抜けるわけねえよ」  候補生たちがざわめく。と、その中の一人が、 「でも、特別な才能があればすぐに抜けるんですよね? 魔法とか、能力と

ショートショート 『土用の梅干し』

 何してるん? 塀越しに聞かれて、「梅干しです」、そう答えると、その近所のおばさんは呻きとも、感嘆ともとれない声を漏らして去って行く。  その後ろ姿を見送って、私は再び視線を落とした。  竹ざるの上には、ほんのりと赤く色づいた梅が並んでいる。ひい、ふう、みい、よう……全部で十粒ほど。  実は、私も、私の夫も、それほど梅干しが好きではない。けれど、梅雨時に並んだ大粒の青梅を見ると、何故だか「買わなくちゃ」という気分になり、最初はウイスキー漬けにしようと思っていたのを「少し

ショートショート 『背広の似合う山崎と、背広が似合わない佐藤』

 スーツ専門店に、二人の新入社員が入ってきた。一人は背広の似合う山崎で、もう一人は背広が似合わない佐藤である。 「社長、これはどういうことですか!」  研修が終わり、配属先が掲示された直後だった。背広の似合う山崎が、背広が似合わない佐藤を従えて社長室に怒鳴り込んだ。 「こんな人事、納得がいきません! 背広の似合う俺が裏方で、似合わないこいつが接客なんて! 俺が接客したほうが、売り上げは伸びるはずです! だって、俺のほうが背広が似合ってるんですから!」  そう言うと、血