見出し画像

鳥取で「個人の尊厳」について考える

どうもこんにちは!
「僕コジえもんです!」こと小島慎司です。

今日はとても久しぶりにnoteの記事を書きます。
約1年ぶりという奇跡…
どういう風の吹き回しかと言いますと、昨日(2020年3月6日)の夜に汽水空港さんという近所の本屋さんで「モヤモヤの正体」の著者の尹 雄大さんのトークイベントを聞きに行ったからです。

話を聞いて、その場で色々と思うことがたくさんあったのですが、家に帰る途中で妻と色々と話してたら、昔のことを色々と思い出したりしました。
あまりいい記憶ではないのですが、そういう実体験を基に「人間の尊厳」について少し考えてみたので備忘録というか、書き留めたいと思ったので、徒然と書いていきます。
要するにテンション上がってノリで書いちゃった個人的雑記です。

というわけで、「個人の尊厳」です。
とても重いワードですね。少なくとも僕は街中でこのワードを見かけたら避けるかもしれません。
ただ、とても大事なことだとは思っています。
意味は「個人の尊重」と同じです。
「個人の持っている権利や大事にしているものをお互いに大事にしましょうね。」
雑な感じですが、そんな感じです。
憲法の基本的人権で保証されている権利です。
最近はできる限り自分の尊厳も守り、他人の尊厳も守ると考えています。

しかしながら、色々な場面で「個人の尊厳」が無視される状況に出会うことは少なくありません。

ここからは僕の実体験談です。

僕は小学校の時は結構クラスの中でもひょうきんな方でした。
芸能人のモノマネをしたり、ちょっとおどけたり、ふざけたり…特に嫌な思いもすることなく楽しく暮らしてました。

ただ、そういうふざけている人には何をしても良いと勝手に決めつける人がいることがあります。

そういう人との出会いはもう神の巡り合わせというか不慮の事故としか言いようがありません。

ある日、いつものようにふざけて友達と2人で掃除ロッカーに閉じ込め合う遊びをしていました。
ちょっと外から強く抑えて、若干中の人を閉じ込める感じの遊びです。
最初は不安ですが、ちょっと強く押すと外の人がドアを離してくれて出れるので、安心な遊びです。
しかし、その日は違いました。
全然開かないのです。
結構時間が経ってから開きましたが、複数人で抑えて開かないようにしていたようです。
その日は笑って済ませたのですが、ちょっと腑に落ちませんでした。

次の日も遊んでいたのですが、段々と抑える人が増えていました。
その日も僕は笑って済ませましたが、内心は腹が立っていました。
しかし、それは声に出されることはありませんでした。

何日か過ぎ、段々とエスカレートしていきました。
しまいにはかなりの人数に捕らえられて、掃除ロッカーに無理やり閉じ込められるようになりました。
それは本当にツラく悲しい体験でした。
生まれて初めて経験する悪意なき悪意というものを経験した感じです。

ある日、遂に僕はブチ切れました。
ブチ切れましたが、言葉を出すのが得意ではなかったのと、他人を傷つけることに抵抗があったので、壁に頭をブツけるという抗議行動をしました。

「こんなことを続けるのならば、僕は頭をカチ割って死ぬぞ!」という怒りの姿勢を表したつもりでした。
かなり気が狂ってる行動だと思います。
少し血も出たかもしれません。

結果としては非常に功を奏して、それ以降は腫れ物を扱うような感じになったかと思います。
その後、僕はイヤになって小学校を半年くらい休みました。
それを許してくれた親には感謝しかありません。
卒業すると親の転勤もあり、全然違うところに引っ越したので気持ちは楽になりました。

その体験から集団では平気で個人の尊厳は無視され得るということを学びました。
また、「イヤなことはイヤ!」と言わない限りは同意とみなされて個人の尊厳はどんどん失われてしまうことを学びました。
「笑って済ます」というのは「イヤがってない」に気持ちを確認してもいないのに変換されます。
そして、その個人の尊厳を無視する行動に参加しない人は何故か不安からか自分がやりたいと思っていない行動を取るようになります。
そうなると集団の価値観に支配されてしまいます。
悪意なき悪意の誕生です。

最近も僕に向かって「おい!大島!」と偉そうに言ってくる人がいます。
彼はギャグで言ってるのだと思います。
しかしながら、僕は彼のことがとても嫌いなのでギャグには全く聞こえません。
ただの名前を間違えて呼んでくる失礼な人にしか思えません。
彼は「小島だよ!」と返すことを望んでいると思うのですが、それをしてしまうと彼に従ってしまったような気がするので、絶対にそのようには返しません。
基本的には無視します。もしくは「うるさい!」と返すのみです。
周りの人はニヤニヤしているか、傍観です。
ほんと個人の尊厳なんてのはいつになったら達成されるんだろうと思いますが、僕も逆の立場やニヤニヤしている側になることもあるので、色々気をつけないとなぁと思います。

妻は「自分がイヤなことを他人にもしない」ということを信条に生きているそうですが、まさにそうだと思います。
さすが賢者様です。

というわけで、これからも「イヤなことはイヤ!」ということで自分の尊厳を守り、他人の尊厳を守っていきたいと思います。
なかなか難しいことですが、「イヤなことはイヤ!」ということで少しずつ自分の尊厳と自由を守れるのだと信じています。
難しい場合は環境を変えたり、物理的に離れるしかないなぁと思います。

あんまりまとまんないですが、今回はこれで終わりです。

ちなみに、そういうことがあったからか僕は中高の人間関係は鎖国状態でした。
特に高校はヒドかったですが…そこら辺のお話はまた今度(いつになることやら…)

では、再見!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?