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言葉遊びの出来なくなった日本人

なんだか最近、言葉尻を捕らえて批判する人が増えた気がする。

”え、そんな意味じゃないんだけど”、”そもそも伝えたいポイントそこじゃないし。。。”と、ポカンとしてしまうことがある。
前後の文章や、語っている内容をちゃんと読んだり、聞いたりしたら理解出来るはずなのに、なぜ、そこ??
ということが、SNSやヤフコメなどを読んでいると感じることが多くなった。

これはTwitterや切り取り動画等の影響だろうか?
そういえば、昭和の時代と今の歌謡曲(って言葉すらなんかレトロを感じる)の大きな違いは、前奏らしい。昭和の時代はイントロ当てクイズなんてものがあったけど、前奏も歌の重要パートだったと思う。でも、今は、前奏が長いと、もうその歌を聴かずに次の歌に行っちゃうそうだ。クリックひとつで、「パス!」。つまり、聴いてもらえない。

”兎に角、さっさと本題に入ってよ。””良いから、端的に言って。”
って感じで、前奏や前振りにイライラしちゃう世の中になったのだろう。
何より、スピード感が重要なのだろう。

でも、そんなに急いでどうするんだろう?
そもそも、色んなことが便利になって、色々な作業が楽になっているはずなのに。

なんだか、楽になった労力を相手の言葉尻を捕らえて批判する時間に使っているような。もしくは、あまり考えずに、第一感情をSNSにぶつける時間になっているのかな?

いや、もしかして、短い直接的な文章や言葉に慣れちゃって、前後の脈絡から推測したり、行間を読んだり、比喩などの表現を理解出来ない脳みそになっている?
本人は言葉尻を捕らえているつもりはそもそもなく、本当に理解出来ないで、キレている?

「責任を取って、詰め腹を切る。」
「切り込み隊長」
「自爆する。」

なんて表現使ったら、「死ねって言っている。」「殺人者」「自殺する」と理解されると思うとぞっとする。

「昨夜は飲み会で牛飲した。」なんて書いたら、「牛を飲んだんだ。」って本気で思うのだろうか?

日本語表現の奥深さを愛する自分として、なんだか悲しいな。

本をじっくり読んで、じっくり考え、じっくり言葉を選んで書く。

そんな時間は人生で無駄なのでしょうか?

そんな時間、インスタ映えしないもんね。
でも、面白いんだけどなぁ。
私にとっては。









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