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その曲に救われる

背筋が冷んやりとした。

一昨日は、年に1度受けるマモグラムとウルトラサウンドの日。2015年に乳がんのフルコース治療後は、それこそ、結果が出るまで不安な時間を過ごす。だが、治療から5年が過ぎ、9年目となる今まで、特に問題なく過ぎてきたので、少し気を抜いていたかもしれない。

「去年11月に受けた両胸のMRIの結果から、インプラントを入れた右胸に何かが写っているので、ウルトラサウンドをするように指示があったわ。今回は右胸もウルトラサウンドをしますね。」

ウルトラサウンドのある真っ暗な部屋に入ってすぐ、担当するテクニシャンに告げられた。

右胸を全摘し、インプラントの同時再建をした私は、通常、マモグラムもウルトラサウンドも左胸だけが対象だ。一般的に、全摘をした右胸は安全とされるから。しかし、私と同じトリプルポジティブという種類の乳がんを患っている乳がん仲間の一人に、治療から5年を過ぎてから、インプラントを入れた側での再発が起こった。つまり、それは私にとって、全く、他人事ではないという証明だ。

テクニシャンのその言葉を聞き、一瞬で背筋が凍りついた。

「え?それって、がんが戻ってきた可能性があるってことですか?怖いんですけど。」

自分の動揺を抑える為、わざと軽い感じで聞いた。

「私はウルトラサウンドのテクニシャンだから、指示通り、MRIの所見の箇所を中心に画像を撮り、それを放射線医師に渡すので、その画像を元に医師が診断を下します。だから、私からは何も言えないの。ごめんなさいね。」

そんな会話をしながら、ウルトラサウンドが始まった。
寝転びながら、ひんやりとしたジェルの感触を感じながら、心臓はバクバクと跳ねている。不安と恐怖で叫び出しそうになる気持ちを無理矢理押し込める。執拗なまでに、隅々まで検査し続けるのは、怪しいから?と、疑い始めると、苦しくてたまらなくなる。
苦しくてたまらないから、もう、”再発した。”と自分で判断を下したくなる。
そして、再発したら、また、治療をしないといけないのかと思うと、絶望感がやってくる。ああ、私はつくづく、もうがん治療が嫌なんだと自覚する。治療したところで、全快という言葉のないがんという病気。何年経とうが、再発や転移という恐怖に付き纏われる病気。

じゃぁ、もういっそ死んだほうがいいのか?
というとそうじゃない。
生きている時間をその恐怖から解放されたい。恐怖から解放された時間を過ごしたいのだ。

9年目にして、ようやく、そんな日々が訪れたと思った矢先にこれかよ。

目尻に涙が浮かぶ。良かった、ウルトラサウンドが暗闇の作業で。

私のその様子を真剣に作業しながらも、伺っていたのであろう。
テクニシャンの女性が、画像の処理が終わったら、すぐに放射線医師の元に診断結果を聞きに行ってくれた。

10分程度の待っている時間、”キャンサーギフト”なんて自分でいろんな人に言っておきながら、そんなギフト、自分で選べるなら、貰いたくないものだよな。やっぱり、がんなんてならないに越したことない、と思ったりした。

「放射線医師が、もう一度、11月のMRI画像を高度なアプリケーションを通して、解析し、診断を出したいとの事です。結果は明日、電話でお伝えしますので、今日はもうお帰りになって下さいね。」

戻ってきたテクニシャンは申し訳なさそうな顔で言った。

病院から戻り、犬の散歩をし、夕食の支度をし、つまり、いつものルーティーンをこなした。平常心を保つ努力をした。だけど、心ここに在らずというか、気を抜くと、恐怖に飲み込まれそうになるのを感じた。

こんな時は、Youtubeなどで気になっていた曲やミュージシャンのサーフでもするのが良い。最近のお気に入りのVoundyと並び評される藤井風を検索。
一番最初に出てきた、”満ちていく”というMVを考えなしにクリックした。

日頃、テンポの良い曲調が好きな自分が聴かないタイプの入りで、直ぐに他の曲に変えようとした。MVの画面も暗めで、ダークゾーンに入りかけている自分には危険な感じもしたのだ。

だが、ピアノの前奏が過ぎて、声を聞いた瞬間、全てがぶっ飛んだ。

その歌詞の一粒一粒が、胸に染み渡っていった。

♩明けてゆく空も暮れてゆく空も
僕らは超えてゆく
変わりゆくものは仕方がないねと
手を放す、軽くなる、満ちてゆく♩

涙が溢れ出す。涙が心を洗ってくれる。
そして、心が落ち着きを取り戻していくのを感じる。

人間はどうしてこんなにも執着してしまうのだろう。
執着するから恐怖も生まれるというのに。

手を離す。
軽くなる。
うん、満ちていく。

彼の歌のお陰で、ぐっすりと眠れた。

翌日の正午過ぎ、電話で結果報告を聞いた。

「画像に写っているものですが、がん腫瘍の可能性はほぼなし。おそらく、インプラントや手術上の問題だろう。だが、念の為、半年後にMRIとウルトラサウンドをすること。」

全ての恐怖が拭えたわけではないが、ほっとした。

今は、”帰ろう”という曲を聴いている。

https://www.youtube.com/watch?v=goU1Ei8I8uk

自分が必要な時に、必要な曲と出会えるのもキャンサーギフトに含まれているのだろうか?

正解のない問いに私は今日も身を任せ、生きている。



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