ミラクルな時間

僕は幸せだよ、と言われる幸せ。

2014年の12月31日夜にプロポーズをされた。
乳がん宣告の約12時間後の出来事だ。

ドラマみたいだね、って思うかもしれない。
確かにドラマみたいだと思うけど、その時の自分は感激や感動というより、戸惑いや不安と云った気持ちの方が強かった。

「一緒にガンと戦おう。」
「大丈夫、一緒にいるから。」

昔なら、そう言ってくれる言葉に感謝と感動が浮かぶと想像したことだろう。多くの映画やドラマのシーンでもきっとそんな流れだと思う。
でも、現実に私の心に浮かんだのは、”自分はこの人の人生の重荷になるんだ。”、”一時的な正義感や勢いで乗り越えられるものではないだろう。”という、後ろ向きな考えだった。ガン宣告とプロポーズという人生における大きな衝撃にどう対処していいのか分からないというのもあったかもしれない。

彼の真摯な言葉に感激しなかったわけではない。
だけど、臆病で猜疑心の強い私は、将来起こり得るかもしれない悲しい結末に心が壊れないように、必死で対処したのかもしれない。

2015年になり、検査と面談の日々。ふたりにとって初めてのことであり、そして、じっくり考えて対処する時間もない中、黙々とスケジュールをこなしていった。その間、私は彼の言葉を何度も反芻していた。 ”こんな私と結婚する意味は?”、”私は負い目の人生を負うことになるのでは?”、そんな喜びとは逆の気持ちが私の心を覆っていた。

今なら分かる。
私は、自分への自信を失ってしまっていたのだ。
これ以上、辛く、悲しい出来事が待っているなら、最初から期待などしない。期待した分、傷つくのは自分だ。

1月末、20年来の女友達が私の話を聞いて、言った。
「黒リスちゃんは自分からしあわせになろうとしない。もっと、素直に喜んでいいんだよ。しあわせになっていいんだよ。」

その夜、彼に伝えた。「私、治療一緒に頑張る。指輪いらないって思っていたけど、やっぱり、欲しいな。治療が辛くなった時、指輪を見たら、もうちょっと頑張ろうって思える気がするんだ。」


2月1日。
彼がNY5番街のお店に連れて行ってくれた。
ずっと彼がこっそりリサーチして選んだ指輪をプレゼントしてくれた。
形って大して意味のないものだから、安いノーブランドでいいと思っていた。だけど、期待していなかった素敵なお店で、サービスの行き届いた中、彼が私の為に選んでくれた指輪をはめた時、感動で身が震えた。私は人生で初めて形がこんなにも私を喜ばせてくれるのを知った。店内で涙が溢れどうしようもなかった。
明日、私は手術だ。だけど、きっと乗り越えられる。そう思えた。

病人の世話は辛い。
もちろん、肉体的な大変さもあるだろうけど、精神的な辛さの方が大きいと思う。

術後の夜、病院でトイレに行く時、彼に付き添ってもらわないといけない。
点滴が付いているのもあるが、ドレインというチューブが身体から出ており、そこに体液が溜まるタンクが取り付けられているのだ。
はっきり言って気持ちの悪い液体だ。そのチューブをトイレで用を足している間に持っていてもらわないといけなかったりする。
「ははは、もうこれをして貰ったら、老後介護安心だな〜。」なんて、笑ってやってもらっていたけど、心苦しいさでいっぱいだった。

退院前、怖く見れなかった手術痕をふたりで見た。
ずっと微笑みを絶やさず接し続けてくれていた彼が泣いていた。
「良かったね。綺麗にやってもらって、良かったね。」


それから1週間後、身体からドレインが外れた。でも、脇の下に穴が開いており、そこを朝晩2回、薬を塗ってガーゼを張り替えないといけない。
注射で失神するタイプの彼にさせるのは辛いだろうと思ったから、自分でやろうとした。
でも、場所的に自分で見れないし、部分的に麻痺した身体だからうまく出来ず、結局、仕事を終えて戻ってきた彼にお願いした。
「ごめんね。」
「全然、大丈夫だよ。」
そう言って、作業をやり終えた彼に、「ありがとう、本当にありがとう。」と嗚咽を漏らす自分がいた。
情けなくって泣いたのではない。有り難くって仕方なく泣けたのだ。他人に心底感謝する気持ちを私はようやく知ったのかもしれない。


2月19日の最初の抗がん剤治療から2週間でドクターの読み通り、髪の毛が抜け始めた。一週間でほぼ99%抜けた。
宇宙人みたいな私が鏡の向こうにいる。彼に見える私だ。
家の中では、なるべくバンダナかキャップを着用しているけど、寝ている間に、帽子が脱げていることがある。
隣で寝ている彼が夜中に私を見て、怖い思いをしないといいなぁ、なんて思ったりする。隣で寝ている女は、なるべく美しく、健康であるのに越したことないだろうなぁ、と思ったりする。
まぁ、ガンになる前からそこまで美に気を配るタイプであったわけではないけど、今はレベルが違う。
身体は傷がついているし、ルックスは宇宙人だ。かなりレベルハイだ。

しかし、彼はベッドでゴロゴロしながら言うのだ。

「僕はしあわせだよ。」

「君がいて、ミルキー(愛犬)がいて。一緒にいることが大切なんだ。」

と。

その言葉を聞いて、つくづく思う。

そんな言葉を言われる私がしあわせなんだよ、と。

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