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最後の猫

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あの子の体はなくなってしまった
もう2度とあの柔らかいフワフワの毛並みを
撫でることは出来ない
朝早くに冷たい鼻先を押し付けて起こしに来ることもない
寝る時に枕を横取りしようと私の顔にぴったりくっついて
舐めてくることもない
顔に似合わないちょっとかすれた低い声で
ごはんこれじゃないのが欲しいと文句を言うこともない
大好きなティッシュペーパーを探して
ゴミ箱を漁るのを見つけることもない

仕事から帰って
玄関ドアを開けるとお迎えに2階からリズミカルに
トコトコ駆け下りてきて撫でてくれと座り込む
幸せな気分になるあの音をもう聞くことは出来ない
鼻水が固まって息ができないんじゃないかと
心配であわてて帰ることすらもう必要ないのに
なんで家に帰らなくちゃいけないんだろう
帰ってもあの子はいないのに

朝早く起きて強制給餌をする必要もないのに
また早い時間に目が覚める
もう少し眠りたいのに
いっそこのまま目が覚めなくてもいい
起きたってあの子はいない

なんとなく時間が、日々が過ぎてゆくなかで
不意に大声で叫んで何もかも放り出したくなる衝動を
必死に堪えている
好きだった景色も今はただの背景でしかない
あの子がいないと色が無い世界のようにみえる

それでも
今はもうあの子は痛みや苦しさから解放されて
嫌なことをされることもなくのんびりしているだろう
それだけが救い
辛いのは私だけだから

生まれ変わってまた自分のところにおいでとは言えない
だってあの子は最初で最後の自分で選んだ「うちの子」
この先私がうちの子として一緒に暮らす子を探すことはないから
もう「うちの子」として暮らすのは今残された相棒猫だけ
だから勝手なお願いだけど生まれ変わらないで
出来ればそっちで私が行くまで待っててほしいな
でも私は天国には行けないかもしれないから
その時は生まれ変わってもっといい人と出会って
大切にしてもらうんだよ
葬儀社に連絡する前に
あの子を抱えてお願いしておいた
待っていてくれるかな…



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