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黒ネコのクロッキー③博士とクロッキー

「おじいさん、そんな具合だったのです。」
 クロッキーはがっかりしていました。博士から言いつかったように、あの人間を闇ネコ診療室まで連れてきたのはよかったのですが、うっかりへまをして逃げられてしまったのですから。
 「いいや、そんな顔をせずともよい。人間というのは怖がりだ。いろいろなことが怖いのだ。しかし、あの者はまたきっと診療室にやってくる。人間は怖がりだが知りたがりでもあるのだからな。お前と一緒なのだよ、クロッキー。」
 そんなものかなあ、とクロッキーは少しほっとしました。博士にほめられたような気がしたのです。博士は、いつもこんなふうにクロッキーのことをはげましてくれるのです。自信をもっていいぞ、お前はりっぱな使いネコだよ。不憫なことだがな。そしてなぜか悲しい顔をするのでした。クロッキーには、「ふびん」という言葉の意味がわかりません。博士の黒いよろよろの背広をじっと見つめました。
 「では私は、あの者のお母上のところをたずねて話をしてくるよ。今回は失敗したが次はうまくいくだろう。焦ってはいけない。何、お前も行きたいのか。よしよし、一緒に出かけよう。」

 クロッキーは、歩きながら先ほどの話の続きをしました。白ネコ先生も三毛ネコ先生も、あの人間と心や魂の話をするつもりではりきっていたのに。あの人間が顔を真っ青にして慌てて部屋を出たあと、三毛ネコ先生は大きくのびをしてひらりとタンスから飛び降り、窓から出て行ってしまいました。白ネコ先生のほうはそのまま何事もなかったように、難しい本の上に前足をふたつちょこんと並べて、今度は本当に眠ってしまったのでした。
 「ところでおじいさん、あの人間に心や魂の話をするように頼んだのは、あの人間のお母上なのですか?」
 クロッキーは、博士に聞きました。
 「いや、そうではない。あの者の娘さんがあの者のお母上に、つまりあの者の娘が、天国のおばあさんに頼んだということだ。そして、孫娘に頼まれたあの者のお母上が私に頼んできた、というしだいだな。」
 クロッキーの頭はぐるぐるしました。
 「その孫娘は大変に賢い。まだ小学校にも上がらぬというのに。」
 クロッキーはもう何がなんだかわかかりません。

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