マーノと森の魔女
人里からずいぶんと離れた深い森の奧にマーノという一人の少女がいました。
それはそれは綺麗な赤い瞳の持ち主の少女です。
マーノはいつも一人ぼっち。
なぜなら、近場には誰も住んではおらず、木こりのお父さんとの二人暮らしだったからです。
お父さんが木を切り出しに行っている間、一人ぼっちになってしまうマーノは寂しい思いをいつもしていました。
だけれどそんなマーノには一人だけ友達がいました。
今は亡きマーノのおばあさんが作ってくれた木彫りの古びた男の子の人形。
それがただ一人の友達でした。
散歩のときも、寝るときも、マーノはいつも人形と一緒です。
返事はしてくれないけれど、マーノのよき話し相手になってくれます。
◆
ある日のこと。
裏の森にある小さな泉でマーノが水汲みをしていると、一人の老婆が声をかけてきました。
マーノは久しぶりに人を見たので嬉しくなり、沢山話をしました。
マーノは人の友達がいなくても寂しくはないこと、木彫りの人形が友達の代わりになってくれていることを老婆に話します。
すると老婆が言います。
北にある迷い森に行ってごらん。
そこには世にも珍しい石がゴロゴロと転がっているよ。
そのなかの一つに赤い石があるんだよ。
その赤い石にはね、とっても不思議な力があるのさ。
不思議な力を借りて人形に命を与えてやろう。
マーノは目を輝かせ、老婆に言われた通りに北の迷い森へかけだしました。
辺りはもう日暮れ間近でした。
◆
光の差し込まない森は不気味な場所でした。
お父さんには、あの森だけには近づいてはいけないと教えられていました。
なんでも恐ろしい魔女が住んでいるらしかったのです。
そして、その魔女に見つかると命を取られてしまうとも教わっていました。
だけれどマーノはそんなことお構いなしに森の奥深くへ入っていきます。
けれど、いくら探せど赤い石はおろか珍しい石のひとつもありません。
困り果てたマーノは、石を諦め家に帰ろうとしました。
ところが更に困ったことに帰り道がわかりません。
マーノはその場にへたりこみ、わーわーと泣きじゃくりました。
◆
そこへ先ほどの老婆がやってきました。
マーノはたまらず老婆に抱きつきました。
しかし、老婆は険しい顔をしてマーノを突き飛ばします。
そうです。
老婆こそが森の魔女だったのです。
魔女は言います。
おやまあこんな所に子供一人で迷い込むなんて。
可哀想にねえ。
でももう悲しまなくてもいいんだよ。
あんたは石になっちまうんだからね。
魔女はそう言うと、曲がりくねった木の杖をマーノの頭にかざし呪文を唱えました。
綺麗な光に包まれたマーノは、その姿を赤い石に変えられてしまいました。
魔女は満足そうにマーノだった赤い石と、マーノが抱えていた木彫りの人形を拾い上げ、森の奧に姿を消しました。
◆
魔女は赤い石の力を引き出し、木彫りの人形に命を吹き込みました。
人形は魔女の召し使いとして働くことになりました。
人形は、毎日毎日、木の足がすり減るほど沢山働きました。
布で繋ぎ会わせた腕は、いつしかほころび、もげてしまっても、何も言わずに働き続けます。
魔女はある約束を人形としていました。
それは、満月が三回現れる日まで、泣き言一つ言わずに働き続ければマーノを元の姿に返してあげるというものでした。
胴から真綿がもれ、木の腕にヒビが入り、きれいな緑色の硝子目玉も片方何処かに落としてしまったその姿は、マーノに大切にされていた面影は何処にもありませんでした。
◆
約束の日が過ぎても魔女は人形に取り合ってくれませんでした。
魔女は人形に言います。
お前は大馬鹿者だと。
お前が働けば働くだけ、マーノの命を削っているのがわからなかったのかと。
自分の姿を泉で見てごらんなさいな、地べたを這うその姿を。
マーノの命はお前の姿そのもの、もうすぐ死んでしまうのさと。
魔女は用済みの人形に向かって言いました。
もう好きな所においきよ。
そこで森の肥やしにでもなりなさいな、と。
◆
満月の優しい光の中、人形は這いつくばりながら泉を目指しました。
やがて小さな泉に着いた人形は、泉に映る自分の姿を見て愕然とします。
そして人と同じ様に涙を流しました。
沢山の涙を溢しました。
涙の滴が泉に映る満月を歪ませます。
その時でした。
泉からぐったりとしたマーノを抱えた女神様が現れたのです。
女神様は言います。
あなたはよく頑張りました。
そんな健気なあなたに私は心を打たれました。
願いを叶えてあげましょう。
人形は最期の力を振り絞り、女神様にお願い事を伝えました。
そして、人形はそのまま力尽きてしまいました。
◆
赤い瞳の少女マーノは今日も元気に森を駆け抜けます。
新しく出来た友達、緑の瞳のキーノと共に。
おしまい
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?