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Ange de verre

~愛を知らない女王様~


 皆さんは〝ガラスのハート〟という言葉を知っていますか。一般的には「打たれ弱い人」「精神的に脆い人」の心を表す言葉で使われますが、この世界では感情を表す唯一の手段です。これを失うと人は感情を失ってしまうのです。感情には様々な色がある。黄色は喜び、青色は悲しみ、緑色は穏やか、そして、灰色は…軽蔑。私がこの世で一番嫌いな色。

 私の名前は白菊柚璃(しらぎくゆり)。生まれつき体の色素が不足している、いわゆる『アルビノ』。2万人に一人と言われている。真っ白な髪に白すぎる肌。そして、薄い赤紫色をした目。中学のころまでは天使と呼ばれていたこの容姿も高校に入れば嫌われる原因になった。皆が私を見てガラスのハートの色を灰色に変える。ガラスのハートは自分でコントロールすることはできないため本心が現れるらしい。皆私を『軽蔑』しているのだろう。最近は灰色しか見ていない。

 よく晴れた暑い夏。アルビノは紫外線などに弱く、日差しから身を守らなければならない。そんな日に限って屋上に呼び出された。どうせいつもみたいに質問攻めされるに違いない。私は日傘をさし、屋上へ向かった。屋上のドアノブをひねろうとしたとき、ドアの向こう側から声がした。
「なぁ、ほんとにしなきゃダメ?」
「当たり前だろ、ちゃんとやんなきゃ実験にならねぇだろ」
「だからって、俺もする必要あるか?」
私はドアノブをひねり、屋上に入った。すると、やはり男子高校生二人に質問攻めをされた。二人とも灰色だった。私は嫌気がさして持っていた日傘で一人の男子高校生を叩いてしまった。が、痛がっている様子もなくただそこに立っている。もう一人も傘にあたってしまったのか、二人でその場に立っている。なぜだかわからないが、二人のガラスのハートは壊れ、消えていた。彼らの感情は消えてしまった。
「もしかして、私が消した?」
そう独り呟き、微笑んだ。

 それから私は自分に向けられた灰色のガラスのハートを次々に壊していった。ガラスのハートが壊れ、感情を失っていく人たちを見て、次第に後悔や罪悪感も消えていった。今日も灰色を壊す。
「あぁ、またやっちゃったの?」
とある少女が話しかけてくる。私と同じく、日傘をさしている少女。彼女の名前は刻鞠藍(ときまりあい)。私の唯一の友達。藍は生まれつき左右の目の色が違う、いわゆる『オッドアイ』。右目は茶色で左目が青色。オッドアイも低い確率でなるといわれている。藍とは小さいころからの幼馴染。見た目は綺麗で少し幼い印象なのに私にだけすごく過保護になる。
「相変わらずその日傘すごいよね。ガラスのハートだけを壊すなんて。でもほどほどにしなさいよ?」
「うん、気を付ける。」
私と話している時の藍のガラスのハートはいつも黄色。藍の灰色は見たことがない。
「あ、あいつじゃね?」
「うっわ、本当に白いな。」
「でもあれが女王様だなんて信じられる?」
「でもアルビノ?はこの学校に一人しかいないしな…」
また陰口を言われる。女王様だなんて変なあだ名までつけて。そう心の中で呟きながらまた灰色を壊す。
「柚璃!」
藍の声に気づき、ふと我に返る。
「ご、ごめん…また」
「柚璃は女王様なんかじゃない!柚璃は柚璃だよ。自分を見失わないで!」
藍のおかげで少し落ち着いた気がした。

 時が経つのはあっという間。本当にその通りだと思う。高校一年生だった私は高校三年生になった。いまだに女王様という変なあだ名で呼ばれている。

 いつも通りに学校へ行き、放課後図書室に向かう。皆が帰るまで本を読み、時間を潰す日常。まるで、なにかから逃げているかの様に。「何から逃げているんだろう…」
静かな図書室。私の小さな独り言も静かに消えていく、そう思った。
「ここ、座ってもいい?」
とある男の子が私の座っている目の前の椅子を指さして聞いてきた。名前も、学年も、何も知らない赤の他人。ただ、少し…ほんの少しだけ興味が湧いた。
「どうぞ…どうせ誰もいませんし。」
「よかったぁ。じゃ、失礼しまーす!」
ガラスのハート…これは、何色なのだろう。橙色のような、赤のような。確か、橙色は興味だったはず。赤色は…何だろう。
「あの、一つ聞いていい?」
「ん?いいよ、何でも聞いて!」
「ガラスのハートについて…詳しい?」
「まぁ、ある程度はね?親がガラス職人だから、共通でガラスのハートについても叩き込まれたよ。」
「そうなんだ…じゃあさ、赤色のガラスのハートってどんな意味なの?」
「赤か…それは、自分で気づいたほうがいいよ。」
といい、彼は帰ってしまった。
「あ、名前聞くの忘れた…まぁいっか。」
 今日から藍は親の出張についていくことになった。一人になってしまう。
「今日は転校生が来るぞー。じゃ、入ってきてくれ」
「はい、初めまして。楠瀬硝(くすのせしょう)です、よろしくお願いします。」
「この時期に転校って珍しくない?」
とクラスメイトが言うと、「ほぼ親の都合です。」とほほ笑む楠瀬硝。

 放課後になり、いつも通り図書室に行くと彼がいた。
夕日に照らされた端の席に座っていた。そんな彼を無視し、お気に入りの本を何冊か手に取りいつもの席に座ろうとしたが先客がいた。
「あら、白菊さん。どうかしましたか?」
彼女は琴宮姫那(ことみやひめな)。この学校の学長の娘で、いわゆるお嬢様。
「いえ、大丈夫です。お気になさらず。」
仕方ないので他の席を探すことにした。が、彼女につかまってしまった。
「そんなこと言わないで?ほら、お話しましょう。」
そう言って私が持っていた本を取られ無理やり座らされた。
「ねぇ、白菊さん?」
「はい…」
「その髪、何のつもり?」
「これは生まれつきで…」という私の声は届かず、パパにいうからと脅された。姫那のガラスのハートはお嬢様特有のロックがかかっており、見ることができない。でもきっと、灰色なのだろう。姫那が私のことを嫌っているのは知っていた。が、逆らうことはできない。
「あ、あの…姫那さん。二週間前に借りられた本そろそろ返却してもらえませんか?」
と、図書委員の子が姫那に話しかけた。
「私、本なんて借りていないわよ?」
また始まったと呆れ、席を立つ。すると誰かに腕を引っ張られた。
「俺が座ってる席の向かい側空いてるよ。」
楠瀬硝だった。彼を見ていると不思議と興味が湧いてくる。きっと、ガラスのハートが最初見た時より赤く染まっていたのは気のせいだろう。

   「柚璃―!」
突然後ろから抱きつかれた。
「藍、親の出張はもう終わり?」
「うん!柚璃だぁ…てか、君誰?ずっと柚璃の後ろついて来てたよね?」
と、藍は私の後ろを指さす。振り向くと、楠瀬君がいた。
「初めまして、楠瀬硝です。」
「柚璃の…彼氏?」
そう言われたとき私は顔が熱くなった。「ち、違うから!」と私は否定した。が、藍は「ふーん」と言い、にやにやしている。この日から私たちは三人でいることが多くなった。

 「ねぇ、藍?」
「んー?」
「赤いガラスのハートって…どんな意味なのか知ってる?」
硝君は答えてくれなかったので、藍に聞いてみることにした。
「え、もしかして…誰か赤だったの?」
「硝君。初めて会った時からガラスのハートが赤いの。本人に聞いても教えてくれなくて。」
「はぁ…柚璃って本当鈍感っていうかそういうことについて無関心というか。」
私は藍が何を言いたいのかさっぱりわからなかった。
「柚璃、赤色のガラスのハートはね…その人のことを『愛している』という証拠なの。基本、ピンクは恋。赤は愛なの。」
「藍だけに…?」
「ダジャレ言ってる場合か。」
冷静にツッコまれてしまった。ん?ということは…
「硝君が、私を好き?」
「やっと理解できた?」
藍はほっとした表情でガラスのハートを黄色に染める。

 硝君と図書室で本を読んでいる時に硝君に突然話しかけられた。
「もしかして…赤色のガラスのハートの意味わかっちゃった感じ?」
「うん。」と私は頷く。
「俺、中学のころ一回だけ君に会ったことがあるんだ。その頃の君は『ガラスの天使』って呼ばれてた。今の女王様なんて変なあだ名よりピッタリだ。」
その言葉を聞いて私は胸が熱くなった。そんな私を見て彼はほほ笑む。
「ピンク…君も俺に恋してくれたってことでいいのかな?」
と、少し照れながら言う彼に打ち明けた。
「私、愛がどんなものなのか知らないの。小さいころ親に先立たれて独りで生きてきたから…」
正直、怖かった。初めて人に自分のことを話す恐怖、感じたことのない鼓動の速さ、でも、そんな恐怖より私は彼の愛を感じてみたかった。誰かに愛されてみたかった。
「そんなの、これから嫌というほど俺が愛を教える。もう柚璃を独りになんかさせないから。」
そう言い、彼はそっと抱きしめてくれた。
「怖かったよな、もう独りじゃないから。ずっとそばにいるから。俺は柚璃が好きだ。付き合ってほしい。」
彼からの告白はとても嬉しかった。私も彼に返事を返した。
「こちらこそよろしく。」と。

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