「お父さん」 という家内の声が聞こえる。 声をかけてくれたことで、聞こえる自分が「いる」ようになる。 最後に呼ばれたのはいつだったろう。 それからどのぐらい時間がたったのか、たっていないのか、まったくわからない。 ずいぶん久しぶりだなとか、今回はまた立て続けにという実感もない。 でもこうして「お父さん」と呼ばれて、ふと自分が「いる」。 こうして声を聞いている。 自分はもうどこにもいない。カラダなんて、もちろんない。だから、意識や思いなんてものもない。
外がふだんよりも明るいのに気づいて目が覚めた。窓に目をやると、窓の外には大粒の雪が降りしきり、白く煙っていた。 中学受験もきょうが最終日だから、帰りはどこかのレストランに連れていってねぎらってやろうなどと考えていたが、一面の白い風景がすこしだけ気分を重くした。 その中学は、地下鉄の駅を出てゆるやかなスロープを上がったところにある。この程度の雪なら足下を気にする必要はないだろうけれど、何かのはずみに「すべる」という言葉がふと口をついてしまわないかと思いながらコートの袖に腕