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連載小説・海のなか

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とある夏の日、少女は海の底にて美しい少年と出会う。愛と執着の境目を描く群像劇。
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2020年5月の記事一覧

海のなか(3)

海のなか(3)

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陵からメールがあったのは、新学期が始まって数日が経った日の夜だった。それは陵からの初めてのメールだった。海に行く前に陵とはメールアドレスを交換していたけれど、メールのやりとり自体はしたことが無かった。短いメールだった。
「愛花へ。久しぶり。夕凪、昨日退院して明日から学校来るらしいです。一応知らせといた方がいいかと思って。昨日退院前に会いにいってみたけど元気そうだったよ」
「夕凪」という名前

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海のなか(2)

海のなか(2)

第二章 嵐の日には

わたしが浜辺で発見されたその日から予報外れに天気が崩れ、退院し学校に行く頃には嵐が街を襲った。陸に帰ってきてからずっと、とめどない雨音がBGMのように耳元で囁いている。
雨は好きだった。雨は満たしてくれる。何も考えず、ただ雨を感じることだけにすべての感覚を使う。よく雨が降っている日には、窓を開けたままにして外を眺めていた。その方が雨のすべてを受け取ることができるから

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小説・海のなか(1)

小説・海のなか(1)

第零話 プロローグ

あれからもう随分と永いあいだここにいるような気がしている。
いまが一体いつなのか、もうわからない。
それほど時間が経ったのだ。あの時から。すべてを曖昧にさせるほどの永い、永い時が。
わからないことだらけだ。
私は誰なのか。
私の名前はなにか。
私を知っている人はいるのか。
そして、私は生きているのか。
ここに来る前に私は多くのものを失ったように思う。失ったものについて考え

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