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MAD LIFE 079

6.女の勇気に拍手!(5)

1(承前)

 なんとかしなくては。
 瞳は脳をフル回転させた。
 とにかく、今は一刻も早くここから逃げ出さなくちゃいけない。
 床に散らばったガラスの破片を、ほとんど自由の利かない手でつかむ。
 手首を縛っているロープを切ることができれば……。
 瞳はロープにガラスを当て、左右に動かした。
 手首を見ることができないため、うまく切れているかどうかはまったくわ からない。
 額に汗がにじむ。
 腕が痛い。
 苦痛に顔を歪めながらも、ひたすらロープにガラスの端をこすりつけた。
 何分経っただろう?
 わずかにロープがほつれてきたような気がした。
「おじさん……」
 そう口にする。
 暗闇の中にひとりきりで座っていると、いろいろな記憶がよみがえってくる。
 洋樹との出会い、冒険、そして口づけ。
 さらに、兄――浩次の顔が浮かびあがる。
 浩次が姿を消して、一週間以上が経つ。
 お兄さんは今、どこでなにをしているのだろう?
 まぶたの裏に、三人の男の顔が重なった。
 ひとりは洋樹、ひとりは浩次。
 そしてもうひとりは長崎の息子――晃だった。
 今朝、彼からかかってきた電話のことを思い出す。
 家出する、と彼はいっていた。
 もしかしたらあれは、瞳に別れを告げるための電話だったのだろうか?
 突然、両手が軽くなった。
 ロープが切れたのだ。
 よほど強く縛られていたらしい。
 手首は真っ赤に腫れあがっていた。
 瞳は手首を撫でながら立ち上がると、重たくて頑丈そうな入口の扉に向かって進んだ。
 扉に手をかけ、力いっぱい横に引く。
 鈍い音と共に、扉は右方向へスライドした。
 どうやら、鍵はかかっていなかったらしい
 大きな音を立たないよう気をつけながら、瞳は扉を開けた。
 静かに倉庫を出て、まずは大きく息を吸いこむ。

(1985年10月30日執筆)

つづく

この日の1行日記はナシ


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