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MAD LIFE 204

14.コインロッカーのひと騒動(8)

4(承前)

「え?」
 洋樹は驚いて瞳の顔を見た。
「どういうことだ?」
「ううん……」
 瞳は首を横に振る。
「なんでもない」
 愁いを帯びた彼女の目に、洋樹は心をかき乱された。
「今いったことは忘れて……」

 洋樹は瞳の部屋を離れると、公衆電話からタクシーを呼んだ。
 十分ほどでタクシーはやってきた。
 タクシーに乗り込みながら、ふと瞳の部屋を見上げる。
 部屋の明かりは消えていた。
 どうやら眠ったらしい。
 運転手に行き先を告げ、目を閉じる。
 瞳はなぜ、あんなことをいったのだろう?
 先程、彼女が漏らした言葉を思い出す。
 ――私のお兄さんかもしれない。
 立澤組の元組長と瞳が兄妹?
 まさか、そんなことあるわけない。
 洋樹は苦笑した。
「なんだ、ありゃ?」
 運転手が呟く。
 洋樹は目を開け、彼に話しかけた。
「どうしたんです?」
「あれをごらんよ」
 運転手が前方を指差す。
「ストリーキングだ」
 彼の示したほうを見る。
 路地の端に裸の男が立っていた。
 いや、正確には裸ではなく、腰にタオルを一枚巻いている。
「……嘘だろ?」
 洋樹は自分の目を疑った。
 裸の男がいたことに驚いたわけではない。
 それが自分の知っている人物だったことに驚いたのだ。
「中西……?」

 (1986年3月4日執筆)

つづく

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