MAD LIFE 273
19.兄貴(1)
1
瞳の兄、浩次が逮捕されて三日が過ぎた。
今、浩次は警察病院内の一室で天井を見っめている。
……なぜ?
なにとは形容しがたいぼんやりしたものが、彼の心を覆い尽くしていった。
なぜ、俺は死ななかった?
逮捕され、警察の車両に乗り込んだあと、浩次は窓ガラスに映った自分の姿に、兄――立澤栄をダブらせた。
兄は浩次を見て嘲笑った。
――おまえは俺と同じ道を歩んでいくんだろう?
……え?
――おまえはこの先、もっともっと墜ちていく。
いや、俺は兄貴とは違う。
――なんにも違わない。一緒さ。だって、おまえは保身のために人を殺したんだからな。
違う! 違う! 違う!
――コロシタ、コロシタ、コロシタコロシタコロシタコロシタコロシタ
やめろ!
窓ガラスに映った兄から逃れたくて、浩次は車外へ飛び出したのだった。
目の前に迫りくる対向車。
そして激痛。
浩次は唇を噛んだ。
すべてを終わりにするつもりだった。
それなのに俺は今もまだ、こうして無様に生き続けている。
廊下を歩く足音が部屋の前で不意に止まる。
続いてノックの音が響いた。
「間瀬さん」
(1986年5月12日執筆)
つづく
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