私の1枚
森高千里「渡良瀬橋/ライター志望」
ゼティマ EPDE-3016
アイドル歌手は短命だ。
ドラマやバラエティー番組で活躍しているならまだしも、歌だけで勝負し続けるアイドルは、たとえ爆発的に売れた時代があったとしても、比較的早く世間から姿を消してしまう。
だが、ここに希有な例がひとつ。デビュー直後こそドラマなどにも出演したが、すぐに歌一本に的をしぼったアイドル。
にも拘わらず、十年近くヒットチャートの上位をにぎわしていた女性――森高千里である。
森高千里の人気が持続した最大の要因は、「ザ・ストレス」「17歳」でミニスカート姿を披露してブレイクしたのち、オタク心をくすぐるキワモノ路線(アンドロイドを思わせる無機質な衣装、打ち込み中心のサウンド、一度聞いたら忘れられないへんてこな歌詞)を続けるかと思いきや、「渡良瀬橋」でそれまでのイメージを一気に打ち破ったことにあったと思う。
奇をてらわない情に訴える歌詞。
サウンドは彼女自らがドラムを叩いて、生演奏に近い雰囲気へと変化。
ジャケット写真もそれまでのような近未来的衣装ではなく、コートに身を包んだごく普通の姿となった。
デビュー六年目の出来事である。
この路線変更には、スタッフもかなりの不安を抱えていたのだろう。
その証拠に「渡良瀬橋」は両A面シングルとして発売され、もう一方の曲「ライター志望」はこれまでの路線をそのまま引き継いだものとなった。
CD発売前にテレビで披露された曲は、「渡良瀬橋」ではなく「ライター志望」。
どちらの曲をメインに売り出すか、おそらく直前まで迷っていたに違いない。
だが結局のところ、スタッフの心配は杞憂に終わり、「渡良瀬橋」は大ヒット。
森高千里は見事な転換をはかり、オタク男性だけでなく、若い女性の心までもつかんでいくことになる。
アンドロイド森高としてのラストソング「ライター志望」は、その後のアルバムにはいっさい収録されず、隠れた名曲となってしまった。
これはあまりにも惜しい。
作家を夢見る女性が主人公の歌である。
彼氏に「夢がでかすぎる」といわれてもあきらめず、書き上げた作品をことごとくけなされて落ち込んだとしても、その体験を元に新しい作品を書き始める。
夢をあきらめかけている人たちに、ぜひとも聴いてもらいたい応援ソングだ。
この曲に励まされて新人賞への投稿を続けた男は、どうにか作家になるという夢をかなえ、今年デビュー六年目を迎える。
森高千里のように華麗なる変身を遂げ、世間を驚かせてやりたいという野望をひそかに抱いていたりもするのだが、果たしてそううまくいくかどうか、それは今の時点ではなんともいえない。
<ミステリーズ!>2005年4月号 掲載
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