MAD LIFE 045
3.危険の海へと飛び込んだ!(17)
6(承前)
午前三時半。
四人は汗まみれ、かつ傷だらけの身体で歩道を歩いていた。
誰もが黙りこんでいる。
「……ねえ」
沈黙を破って、瞳が洋樹に話しかけた。
「私……もうおじさんには会わないことにする」
「なぜ?」
洋樹は瞳の顔を見た。
驚いたことに、瞳は泣いている。
「君はこれからも長崎に狙われるはずだ。お兄さんだっていつ帰ってくるかわからない。そうだろう? ひとりは危険だ」
「でも、私はおじさんとおじさんの家族に迷惑をかけてばかり」
瞳は洋樹の顔を潤んだ目で見つめ、話を続けた。
「私なら大丈夫。心強い味方も見つかったし」
「誰のことをいってるんだ?」
「長崎晃君。あいつならきっと私を守ってくれるから」
洋樹の心の中を冷たい風が吹き抜けていく。
突如、胸の奥に出現した黒い塊。
それが嫉妬であることに、洋樹は気がついた。
俺は……この少女を……。
自分の本当の気持ちを初めて知る。
「さよなら、おじさん」
瞳は涙を拭って、その場から駆け出そうとした。
「待て、瞳」
洋樹は瞳の肩をつかんだ。
少女は怯えた子猫のように震えている。
強がっているだけなのだとわかった。
愛しさがさらに増す。
「俺が……」
瞳がこちらを振り返った。
洋樹は瞳の目を見つめて次の言葉を口にする。
「俺が君を守る」
中西親子と別れたふたりは、なにもいわず歩き出した。
瞳と出会ってから、現実とは思えない刺激的な毎日が続いている。
もしかしたら、俺たちは誰かの書いたシナリオの上で踊らされているだけなのかもしれない。
それでもいいと洋樹は思った。
だったら、とことん踊らされてやるだけだ。
空が青くなった。
誰もいない路地。
見つめ合うふたり。
瞳がまぶたを閉じる。
もう後戻りはできない。
洋樹は瞳のくちびるにそっと触れた。
朝焼け。
とりあえずのフィナーレ。
わずかな休憩を挟んで、次章の始まりを告げる開幕ベルが鳴り響く。
それが危険を報せる警告音であることに、ふたりはまだ気づいていない。
第一部 開幕ベル 了
(1985年9月26日執筆)
つづく
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