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脱線 10

4(承前)

 やすらぎ通りは車二台がぎりぎりすれ違えるほどの幅だが、この道路と交差した通りは今時珍しいあぜ道で、こちらは三人横に並んだらいっぱいになってしまうような細さだった。両側は高い塀でさえぎられているため薄暗くて気味が悪い。
「さっきまで警察の人がいっぱいいたんだよ。ほら、ここに血の跡があったんだ。綺麗に洗い流されちゃったんだけど」
 雅史は交差点の中央を指さした。チョークでなにやら書き込んだ跡が残っている。
 路肩に目をやると、側溝の脇に、煙草の吸い殻が何本か落ちていた。数えてみると十本以ある。こんな辺鄙なところで待ち合わせをする人がいるのだろうかと、少しだけ疑問に思った。
「充はこっちの路地から飛び出してきて、車とぶつかったんだって。俺、車のぶつかる音を聞いて、慌てて家から飛び出してきたら、ちょうど裕太が路地に隠れるところでさ。どうしたんだろうと思ってあとを追いかけたんだけど、路地を覗いたらもうあいつの姿はなかったんだ」
「本当に裕太に間違いなかったのか?」
「うん、間違いない。俺、頭は悪いけど目はいいから」
「でも紀男は裕太を目撃していないんだろう?」
 マッチョの視線が紀男に移った。紀男は「うん……」となんだかはっきりしない言葉を返す。
「あいつ、逃げたんだ。普通は助けるよな。俺たちみたいに、大人を呼んだりするよな。でもあいつは逃げた。そういう奴なんだよ。お父さんがいない人間はだから駄目なんだ」
 マッチョの表情が変わった。
「雅史。そういうことを言うんじゃない。裕太にお父さんがいないのは、裕太のせいじゃないだろう」
「でも、うちのお母さんが言ってた。女一人ではなめられるんだって。ちゃんとした教育はできないんだって。あいつ、昨日も椅子を振り上げて充に怪我をさせたし。そういうのは全部、お父さんがいないことが原因なんだ」
「雅史。でも昨日のあれは……」
 紀男がそこまで言うと、雅史は紀男を睨みつけた。紀男は口をつぐんで目を伏せてしまった。
「案外、裕太が充を突き飛ばしたのかもな。うわ、それって殺人じゃんか。俺たちのクラスに殺人犯がいるなんて。ひゃあ」
 僕は彼の態度に我慢できなくなり、一歩踏み出していた。が僕よりも早く、マッチョが雅史の頬を張り飛ばした。
「なんだよ、なにするんだよ!」
 雅史が頬を押さえ、大声をあげる。
「裕太が充を突き飛ばしたなんて、どうしてそんなことが分かる? いい加減なことをいうな。殺人なんて冗談じゃない。第一、充は死んでなんかいないぞ」
「じゃあ、どうして裕太は逃げ出したんだよ。おかしいじゃんか。きっと充が突き飛ばしたんだよ」
「おまえ、まだ分からないのか――」
 マッチョが再び右手を上げたそのときだった。
「先生、待って!」
 今まで黙っていた紀男が叫んだ。
「雅史のいっていること、本当かもしれないんだ……」
 次に彼が発した一言は、あまりにもショッキングだった。
「僕、見ちゃったんだ。裕太が充を突き飛ばすところを。充は道路に転がり出て、そして車に跳ねられたんだ……」

つづく

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