倒錯のレーザー・レーサー

 私、黒田研二――北島康介みたいにカッコよく泳げるわけではありませんが、それでも一応、学生時代から水泳を続けてきた体育会系スイマーであります。
 三段腹を震わせながら泳ぐその姿を、周りから「チョー気持ち悪い」と非難されてもなんのその、マスターズ大会での優勝を目指し、日々練習に励んでいる次第。
 とはいえ、なかなか思ったようにタイムは縮んでくれません。もし、スピードが金で買えるなら、そりゃいくらだって績みますよ。
 ってなわけで、北京オリンピックで世界記録を連発させた魔法の水着――レーザー・レーサーを、ついに僕も買ってしまいました。割引ナシの六万九千三百円。高っ。

 で早速、着てみることに。
 ひじょうに薄い素材でできているため、爪でひっかいたりしないよう、事前に専用の手袋を装着します。
 マニュアルを見ながら、まずは脚を入れてみましたが……うっ、まったく伸縮しない生地なので、すんなりと入ってくれません。
 無理に力を入れたらすぐに伝線してしまいそう。細心の注意をはらって、ちょっとずつちょっとずつ引き上げていくしかなさそうです。
 あっという間に全身汗だくに。汗をかけば当然、布の滑りが悪くなり、さらに穿きにくくなって、また汗をかき……見事な悪循環。
 とにかく小さすぎるんです。子供用のストッキングを無理矢理穿いているような感覚といったら、少しはわかってもらえるでしょうか。
 しかも全裸に手袋という奇妙なスタイルでハアハア悶えているわけですから、ハタから見れば、かなり変態度の高い光景。
 一人では到装着不可能なことがわかり、途中からはスイミング仲間を呼び寄せて三人がかりの作業となりました。
 ナニを丸出しにした僕の下半身にしがみつくように、布を引き上げる二人の男。なんなんだ、この異様な世界は? 北島康介もこんな快感……いや、苦痛を味わったのでしょうか?
 結局、装着には四十分以上もかかってしまいました。

 しかし苦労しただけあって、水着の効果は抜群。
 二十年ぶりにベストタイムを更新し、なんと願の初優勝! うわーい。
 ただ噂によると耐久性はほとんどなく、四~五回着ただけで破れる可能性もあるんだとか。
 五回着ることができたとして、ひと泳ぎあたり一万四千円。なんて高い買い物なんだ。
 だけど、後悔はしてません。だって、着替えるときのあの倒錯感。そうそう味わえるものじゃありませんからね。うふ。


〈オール讀物〉2009年8月号 掲載

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