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MAD LIFE 237

16.姉弟と兄妹(10)

5(承前)

 小さなベルが鳴り、エレベーターのドアが開く。
 江利子はいつもと同じように、にぎやかな夜の街を歩き出した。
 ショーウィンドウに映った己の姿にため息をつく。
 派手な化粧をすればするほど、自分が汚れているような……そんな気がしてならなかった。

「エリちゃん、お客さんよ」
 仕事着に着替えていた江利子に声をかけてきたのは、彼女よりずっと若く見えるのに、実はもう三十歳だというジュンコだった。
「はい、すぐ行きます」
 慌てて背中のファスナーを引っ張り上げる。
「気をつけてね」
 ジュンコは江利子のそばまでやってくると、そう耳打ちした。
「どうやら、ヤクザ屋さんみたいだから」
「大丈夫です」
 江利子は笑顔を返す。
「私、そういうのには慣れてますから」
「適当にあしらっちゃいなさいね」
「はい」
 江利子はジュンコに頭を下げると、客の待っている部屋へと向かった。
 淡いピンク色の壁紙が貼りつけられた癖下のつきあたりには、大きな鏡が置かれている。
 江利子はこの鏡があまり好きではない。
 客と接する前に、汚れた自分をあらためて確認したくはなかった。
 俯き加減に歩きながら、ドアの前で立ち止まる。
 ドアノブに手をかけながら、横目で鏡を見て――彼女は失望した。
 これが……今の私。
 ノブをひねり、ドアを開ける。
「お待たせしました」
 顔を上げ、室内にいた男の顔を見た。
「あ――」
 思わず声が漏れる。
 彼女の目は大きく見開かれた。

 (1986年4月6日執筆)

つづく

この日の1行日記はナシ

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