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ノセトラダムスの大予言02

  1(承前)

 早川亮介。
 度の強い眼鏡をかけた色白の少年だった。アルバムの中の彼はむっつりとした表情で、カメラのレンズを睨みつけている。そういえば滅多に笑わない少年だったな、と晶彦は当時のことを懐かしく思い返した。
「ノストラダムスが生きていた頃の時代っていうのは、太陰暦が使われていたからな。その頃の七月は今でいう八月に当たるんだよ。つまり恐怖の大王がやって来るのは、一九九九年の八月ってことになる。グランド・クロスが起こるのは、一九九九年の八月。ほら、偶然の一致とは思えないだろう?」
 学校の成績はまるでダメなくせに、亮介はいろいろなことをよく知っていた。その当時、世間で話題となった「ノストラダムスの大予言」にしても、ただ「一九九九年七の月に人類は滅びる」と知ってうろたえていただけの晶彦らとは違い、亮介は多くの本から情報を仕入れ、彼なりの推測を打ち立てていた。
「グランド・クロスが原因で地球の磁場が狂い、異常現象が発生するんじゃないかと学者の間でも予想されているんだ。空から降ってくる恐怖の大王の正体は、たぶん隕石なんじゃないかな? 磁場が狂った影響で、思いがけないほど大きな隕石が地表に落ちてくる。ほら、八月になれば、毎年新聞で騒がれるじゃないか。ペルセウス座流星群だよ。晶彦だって去年の夏、俺んちの田舎で見ただろう? あんなにたくさんの星が降ってくるんだからさ、そのうちのひとつが地球に落ちてきたとしても全然不思議じゃない。たかが隕石なんて馬鹿にしちゃダメだぜ。恐竜の絶滅だって、隕石が原因じゃないかっていわれてるんだからな。たかだか直径十キロ程度の隕石が衝突しただけでも、その衝撃で舞い上がった砂埃が太陽の光をさえぎって、生態系をめちゃくちゃにしてしまう可能性だってあるんだ」
 亮介は興奮した口調で、そう晶彦らに語った。晶彦も興味深く亮介の話を聞いた。亮介の話は聞けば聞くほど信憑性が増すようで、恐ろしくて眠れない夜が続いたほどだ。今になって考えてみると、実に罪作りな男だった。
 卒業アルバムをめくるうちに、二十年後に再会しようと約束を交わした三人が一緒に写った写真を見つけた。修学旅行で撮影した一枚だろう。三人で肩を組み、無邪気な笑みを浮かべている。なにをするにもいつも一緒に行動していた仲のよい三人組だった。
 晶彦は中央で大きく胸をそらし、偉ぶって写っていた。一番身体が大きく、三人の中ではリーダー的存在だった。
 晶彦の右側で肩をすくめて写っているのは亮介だ。右手の中指で眼鏡のフレームを押し上げようとしているため、顔の表情まではよくわからない。
 左に写った坊主頭の少年は野々村治樹だった。丸々と太った彼は、あどけない笑みを浮かべながら、上目づかいで晶彦を見やっている。治樹の太い首には一眼レフカメラがぶら下がっていた。そういえば彼の実家はカメラ屋だった、と晶彦は埃をかぶっていた記憶をまたひとつ紐解くことに成功した。
 地球最期の日に再会しよう。
 三人でそんな誓いを立ててから二十年。奇しくも、晶彦が記憶を呼び覚ましたその日こそ、様々なデータをもとに、亮介が絶対の自信を持って弾き出した地球最期のときだった。
 晶彦はつき合いで買って以降ほとんど使われた試しのないゴルフバッグの中に、シャベルを一本詰めて家を出た。
 ほかのふたりが約束の場所へやって来ることはないだろうと思っていた。晶彦だって、今日になるまで、そんな約束などすっかり忘れていたのだ。たとえ約束を忘れていなかったとしても、普段の彼ならわざわざ出かけてみようとまでは考えなかっただろう。たまたま仕事が休みで、たまたま暇を持て余していたから、ちょっと足を伸ばしてみようと気まぐれで思ったに過ぎない。
 小学校の裏山へ出かけたところで、亮介や治樹に会えるとは思っていなかった。だが、それでも約束の地に出かける意味はある。二十年前に封印した謎をどうしても掘り返す必要があった。
 児童公園の前を通りかかると、掲示板に人気タレントの講演会の告知が張り出されていた。「1999年9月19日(日)午後6時より」と記された文字を目にして、不思議な感覚にとらわれる。
 一九九九年なんて、SF小説やアニメだけに登場する世界なのだとずっと信じて疑わなかった。もちろん時は一定のスピードで流れ続けているわけだから、いつかそのときがやって来ることは十分に理解しているつもりだった。だが現実にそのときがやって来ても、1999という数字にはやはりどこか現実離れした―妙な違和感を覚えずにはいられない。
 晶彦が子供の頃、ちょうどノストラダムスの大予言がはやったこともあり、一九九九年を舞台にした空想物語が数多く登場した。それらの印象が強烈で、その世代の子供たちにとって一九九九年は特殊な年となってしまったのかもしれない。
 子供の頃、晶彦は漠然と考えたことがある。一九九九年は一体、どのような世界になっているのだろう。どんな想いで地球最後の日を迎えるのだろう、と。
「ああ、間違いなく地球は滅びるぜ。でも大丈夫。まだ二十年も先の話だ。遠い遠い未来さ。その頃には何十万人も乗れる大型の宇宙船が建造されて、宇宙へ脱出できるようになっているよ」
 亮介の声が記憶の底から聞こえてきた。
 駅の改札をくぐり抜けながら、晶彦は苦笑した。実際はなにひとつ変わってなんていない。晶彦は二十年前と同じ電車に揺られ、二十年前と同じ景色を見つめながら小学校へ向かったのだから。

                 つづく

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