MAD LIFE 227
15.戻ってきた少年(16)
5(承前)
アパートの前にひとりの少年が立っていた。
その端正な横顔は、瞳のよく知っている人物だ。
「……晃君」
少年のそばに駆け寄る。
晃はゆっくりと瞳のほうを振り返った。
「ひさしぶりだな」
照れくさそうに彼はいう。
瞳は晃と気まずく別れたときのことを思い出した。
――あなたにはなんの罪もないけど、私、以前のようにあなたとつきあうことなんてできない。
私はなぜ、あんな残酷な言葉を口にしたのだろう?
あれ以来、彼とは会っていない。
晃は親の死を知っているのだろうか?
「……今までどこにいたの?」
彼の顔をじっと見つめながら尋ねる。
「大阪」
晃はぼそりと答えた。
ふたりの距離はあのときより一段と離れたような気がした。
彼にいいたいことは山ほどある。
あの日の失言を謝りたかった。
晃の父親――長崎典和のことを伝えたかった。
でも、ふたりの間に立ちはだかった見えない壁が邪魔をする。
瞳も晃も、おたがいに見つめ合ってはいるものの、それ以上ひとことも言葉が出てこない。
時間だけがただ虚しく過ぎていった。
(1986年3月27日執筆)
つづく
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