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脱線 11

「雅史はゲームに夢中になっていて、気づかなかったかもしれないけど、僕、窓から見ちゃったんだよ。裕太が充を突き飛ばす瞬間を。僕、怖くて……だから今まで言い出せなかったけれど……」
 紀男が嘘をついているとは思えなかった。彼らがテレビゲームをしていた部屋も確認したが、確かに部屋の窓からは交差しているあぜ道がほんの少しだけ見えた。
 少年たちと別れ、再び病院へと戻ってくる。ちょうど充の治療が終わったところだった。
 充の母親は、
「右足を骨折しただけで、他に異常はありませんでした」
 と安堵の溜め息を吐き出しながら答えてくれた。
「それから轢き逃げの犯人を捕まえてくれたそうで……感謝しています」
 その台詞は、やはり平常心ではいえなかったのだろう。視線が泳ぎ、どことなっく表情がぎこちなかった。
「裕太が事故に遭った同じ頃に、電車の脱線事故があったでしょう。あの事故によって渋滞ができて、救急車の到着が遅れたと聞いていたんで、私、ひやひやしていたんです。ただでさえ、あの通りは踏切が開かなくてなかなか車が動かないですものね。あの辺りに住んでいる人たちって、緊急のときには大変なんじゃないでしょうか。なんらかの対策をするべきですよね」
 充と会ってすぐにでも話をしたかったが、今はまだ眠っているということで、僕は仕方がなく事故の真相を知っているであろうもう一人――裕太を捜すことにした。
 僕はマッチョと別れ、裕太の家に向かった。裕太の家はやすらぎ通りを南へ下った場所にある。
 彼の住むアパートの呼び鈴を鳴らしたが、誰も出てこなかった。居留守を使っているのかとも思い、裏側に回って、窓から中を覗き込んでみたが、どうやら人の気配はないようだ。いつもは壁に立てかけてある裕太の自転車も見当たらなかった。出かけているのかもしれない。
 あきらめて家に帰ろうとしたところで、偶然にも彼の姿を見つけた。僕は裕太に気づかれないよう路肩に車を止め、シートを倒して、低い姿勢で彼の行動を観察した。
 彼の行動は明らかにおかしかった。地面にはいつくばり、なにかを一生懸命探しているいようだ。なにも知らない人が見たら、蟻の観察でもしているのかと、微笑ましく感じたのかもしれない。だが、裕太は生き物と戯れるようなそんな子供ではない。
 裕太に声をかけることをためらった理由がもうひとつ。それは裕太のいる場所だった。そこは僕の友人、村木哲朗が下宿しているボロアパートの前だった。一昨日の夜、放火事件が起きたアパートの周りで、裕太は必死になにかを探していたのだ。
 僕の存在には気づかなかったらしく、裕太はアパートの裏側へと進んだ。車を降り、そっと彼のあとをつける。
 アパート裏側の壁は、一面真っ黒に焦げていた。裕太はきょろきょろと辺りを見回したあと、真剣な表情で燃えた壁に目をやった。
 一体、彼はなにをしているんだろう?
 悪い想像が僕の頭をよぎる。
 放火の犯人まで裕太だっていうんじゃないだろうな。
 まさか。
 僕は自分を嘲笑した。
 放火、脱線事故、交通事故と三つの事件が僕の周辺で立て続けに起こったわけだが、僕はそのすべてを裕太の仕業ではないかと疑ってかかっている。証拠があるわけではないのだ。これではまるで、あの雅史という憎たらしい小僧と同じではないか。
「あ……」
 裕太は声をあげた。なにかを見つけたらしい。自転車置き場とゴミ捨て場の間の細い隙間に手を伸ばし、なにかを拾い上げたようだった。離れているのではっきりしないが、薄汚れた紙切れだということは分かった。
 裕太は嬉しそうに笑うと、それをズボンのポケットに押し込んで、立ち上がった。なにを拾ったのか知りたくて、僕は裕太の前に歩み出た。

つづく

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