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MAD LIFE 044

3.危険の海へと飛び込んだ!(16)

6(承前)

「こいつら、いつの間に逃げ出したんです?」
 長崎の背後から小池が現れる。
 彼は中西のこめかみに銃をつきつけていた。
「母さん、早く逃げるんだ!」
 中西が叫ぶ。
 林の中で呆然と立ち尽くす瞳と美和の姿が見えた。
「瞳! 俺たちにかまわず逃げろ!」
 洋樹も喉が裂けんばかりの大声を出す。
 だが、ふたりは動こうとしない。
 相手は銃を持っている。
 動けるはずなどなかった。
 ふたりは呆気なく長崎の仲間に捕まった。
 長崎の前に、瞳がやってくる。
「瞳? ……ほほお。こいつが瞳か」
 長崎の口元がいやらしく歪んだ。
「本当はおまえを誘拐するつもりだったんだよ。妹をダシに、兄貴からもっと金をふんだくろうと思ってね」
 長崎は瞳のあごを軽く持ち上げた。
「可愛いな。息子が惚れるのも無理はない。……息子の部屋からおまえの写真を盗み出し、その写真の裏におまえの家の住所をメモして部下に渡した。おまえを誘拐するよう命令してな。だが、間抜けな部下はその写真をどこかへ落としやがった。しかも翌日、中西っていう正義感ばかりやたら強い男がしゃしゃり出てきて、すっかり予定が狂っちまったよ」
 そう説明しながら瞳の髪を撫でる。
「おまえ、男を狂わせる顔をしているな」
 髪のにおいを嗅いだあと、長崎は瞳の唇に自分の唇を重ね合わせようとした。
「いやあああっ!」
 瞳は抵抗したが、男の腕力にかなうはずもない。
「やめろ!」
 洋樹は瞳に飛びかかろうとしたが、いつの間に近づいていたのか、背後にいた小池に羽交い絞めにされる。
 再び、銃声が聞こえた。
 次の瞬間、小池が呻き声を漏らして倒れる。
 彼の右肩からは血が噴き出していた。
 何者かに撃たれたのは明らかだ。
「誰だ?」
 長崎が雑木林の奥に目をやる。
 銃をかまえた少年がそこに立っていた。
「いくら親父でも……許せない」
「……晃。どうして?」
 長崎の目が大きく見開かれる。
 どうやら、彼は長崎の息子らしい。
「みんな死んじまえ!」
 大声でそう叫ぶと、彼は狂ったように銃を乱射した。
「やめろ、晃!」
「瞳、早く逃げろ!」
 突風が吹く。
 折れた太い枝が長崎の上半身を直撃した。
 チャンスだ!
 洋樹は瞳を、中西は美和を連れてその場から逃げ出す。
 背後で銃声が鳴ったが、振り返る余裕などない。
 洋樹は力の続く限り、走り続けた。

(1985年9月25日執筆)

つづく

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