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脱線 09

 いきなり警察へ押しかけるよりは、まず篠原の親父さんに話を聞いてもらった方がいいだろう。
 そう判断した僕は途中、マッチョの携帯電話を使って親父さんに電話をかけた。親父さんと警察署の前で落ち合い、「あとは俺に任せろ」と笑う親父さんに、赤居美紀を引き渡す。
 彼女の自首により、轢き逃げ事件は解決した。しかし、僕の中ではなにひとつ解決していない。逆に謎が増えただけだ。
 充が車にはねられたとき、裕太はどこにいたのだろう。充が事故に遭ったのは午後一時半頃。僕が裕太と脱線事故の現場で出会ったのは二時過ぎだった。裕太の行動がまるでつかめない。
 警察からの帰り道、僕はマッチョに道案内を頼み、蒲生雅史――轢き逃げ事故のあとで裕太の姿を見たという少年――の家へ寄ることにした。
 やすらぎ通りは病院からさほど離れていない。開かずの踏切の手前を左に曲がって、しばらく進んだところにある大通りだ。事故の処理は終わったらしく、踏切近くの渋滞はそれほどひどくなかった。
「ああ、そこだ」
 助手席のマッチョの指図で、僕は溜め息の出るような豪邸の前で車を止めた。家の前の駐車場で二人の子供が遊んでいる。マッチョは車を降りると、「よお」と彼らに声をかけた。彼らは驚いたように目をきょとんとさせ、マッチョを見上げた。
「どうしたの? 家庭訪問? 俺、なんにも悪いことしてないよ」
 坊主頭の少年が鼻の下をこすりながら答えた。おそらく彼が雅史だろう。僕はマッチョから少し離れたところに立ち、彼らを観察した。
「違うよ、雅史。きっとさっきの事故のことで……」
 度の強い眼鏡をかけた坊ちゃん刈りの少年が、地面に散らばったミニカーを拾い集めながらいう。
「あ、そうか。先生、知ってる? 俺、びっくりしちゃった。ああいうの見たの初めて。充がうちの前で――」
 坊主頭の子供は突然目を輝かせ、機関銃のように喋り始めた。
「ああ、さっきお見舞いに行ってきたよ」
「俺と紀男、家の中でテレビゲームをしていたんだよ。そうしたら、キキキィドンッ! てものすごい音が聞こえたんだ。俺、慌てて外へ飛び出した。そうしたら道に誰か倒れてるじゃん。そばへ寄ってみたら、充だったんだ。足から血を流してた。道路が真っ赤になっていたよ」
 彼――雅史――は興奮しながら喋っている。テレビドラマの中のワンシーンを現実に見たような気分になっているのかもしれない。クラスメイトが大変な目に遭って悲しいとか、そういう気持ちはあまり感じられなかった。
 僕はもう一人の坊ちゃん刈りの少年に視線を移した。利発そうな男の子だった。彼は眉間にしわを寄せた子供らしくない表情で、雅史の話を聞いていた。
「でさ、先生。俺、見ちゃったんだ。紀男は気づかなかったみたいだけど……でも間違いない。あれは裕太だよ。早足で逃げていく裕太の姿をはっきりと見たんだ」
「おい、雅史……」
 困ったような顔で坊ちゃん刈りの少年――紀男――が口をはさんだ。
「なんだよ、嘘じゃないぞ。本当だってば。あそこの角だよ。先生、来てよ」
 雅史はスキップでもするように走り出し、四つ角に立った。

 つづく

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