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MAD LIFE 343

23.一難去ってもまだ一難(9)

4(承前)

 俊は大きなため息をつくと、目の前に転がっていた空き缶を思いきり蹴り上げた。
 秘密基地へ行こう、と考える。
 港にある廃倉庫のことだ。
 薄暗い倉庫の中から眺める青い海が昔から好きだった。
 寄せては引く波。
 その波が心の中にあるもやもやをいつも洗い流してくれる。
 あの場所に行けば、疲れた心もきっと癒されるだろう――そう思った。
 港まではそう遠くない。
 俊は海に向かって走り出していた。

 西の空が赤く染まる。
 俊は冷たい空気の漂う廃倉庫の中から、荒れる海を眺めていた。
 もし瞳さんが俺の両親を許してくれたなら、俺は瞳さんを「姉さん」と呼ぶことができるだろうか?
 そんなことを考える。
 しかし、彼女がそう簡単に心を開いてくれるとはどうしても思えない。
 衝撃の事実を受け容れるためには、まだ相当の年月がかかるだろう。
 防波堤に打ちつける波の音がいっそう激しくなる。
 ぼんやり考え事をしているうちに、あたりはすっかり暗くなっていた。
 腕時計を見ると、午後七時を回っている。
 しかし、まだ家に帰る気にはなれない。
 ……友恵姉さん。
 俊はポケットから取り出した赤ん坊の写真を、穴が空くほど見つめた。
 そのとき、足音が聞こえた。
 誰?
 反射的に、高く積み上げられたコンテナの陰へと身を隠す。
 足音は廃倉庫の前で止まった。
 入口に三つの人影が見える。
 暗くて顔まではわからないが、ふたりは男、ひとりは女だ。

 (1986年7月21日執筆)

つづく

1行日記
昨日の火星食は雨で見えず……


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