脱線 16
7(承前)
「ああ、全部ぶちまけてやるよ。俺は充と一緒に、自分の家へ向かう途中だった。二人で、あんたが放火の犯人である証拠を見つけ出してやろうと思ったんだ。やすらぎ通りにぶつかるあのあぜ道で、突然、マスクとサングラスで変装した男が飛びかかってきて……ナイフを持ってた。俺、助けるつもりでわ充を道路に突き飛ばしたんだ。……仕方がなかったんだよ」
「裕太。じゃあ、その傷は……」
裕太のまだ赤く染まったままのTシャツを見て、僕は口を開く。
「うん……ナイフでやられた。マッチョ、充が車に撥ねられたのを見て、人が集まってくると思い、慌てたんだろうな。急に背中を向けて逃げ出した。俺も慌ててあとを追ったよ。かけっこなら負けない自信があったからさ。でも、肩の傷が痛くて……結局、追いつけなかったんだ」
「ちょっと待ってくれよ。その男が僕だという証拠でもあるのか?」
マッチョは笑いながら腰を屈め、裕太と同じ位置に視線を合わせた。
「だって、あんたしかいないじゃないか! あんたは一昨日の夜、放火の現場を充に目撃されたと知って、口を封じようとしたんだ」
「おい、いい加減にしないか。僕が放火犯だって? 充はきっと見間違えたんだよ。僕とよく似た体格の人だったんじゃないのか? 夜遅い時間だったし、あの辺りは街灯も少なくて薄暗いだろう? だから……」
「証拠はあるよ」
裕太はそういい放つと、ポケットの中からくしゃくしゃに丸まったわら半紙を取り出した。
「これが放火現場に落ちてた」
「うちのクラスの学級だよりじゃないか。これが証拠か?」
マッチョはぷっと吹き出し、小馬鹿にしたように裕太の頭を撫でた。
「俺に触るな!」
裕太はマッチョの手を振り払い、僕の足元へしがみついた。裕太の身体の震えが僕にしっかりと伝わってくる。
「プリント一枚で犯人呼ばわりされたんじゃ、学級だよりを書くのも命がけだな。誰かが落としたものが、風にでも飛ばされたんじゃないのか?」
「そのプリント、灯油のにおいがしました。おそらく放火に使われた新聞紙の束に混じっていたんだと思います」
裕太の手を握りしめ、僕はいった。驚いた顔で、マッチョが僕を見返す。
「おいおい。君まで僕を放火犯扱いするのか? たとえ、このプリントが放火に使われたのだとしても、それでどうして僕が犯人だと断定できる? プリントはクラスの全員がもらっているんだよ」
「でも、裕太が拾ったものは試し刷りされたものじゃないんですか? ほら、印刷が途中でかすれて見えなくなってます。まさかこんな不完全なものを生徒に渡すはずはないでしょ」
「おい、いい加減にしてくれよ。印刷に失敗して捨てたプリントを誰かが拾って、放火に使ったかもしれないじゃないか」
「仮にそうだとしても、そんなことができるのは学校関係者の人だけですよね。小学校の職員室なんて、まったくの他人が入っていける場所じゃないんですから」
「だとしても、僕を疑うなんて……」
「学校関係者が事件に関係している可能性があって、充はあなたらしき人物を放火の現場で目撃しているんですよ。それだけじゃない。充を襲った人物は、どうして彼が放火現場を目撃したことを知っていたんですか? 充は放火のことを裕太にしか喋っていないのに……」
「そうだ。充はそのことを秘密にしていた。だったら、僕だって知っていたはずがない」
「嘘です。紀男君は昨日、先生に話したはずですよ。先生、自分からボロを出してませんか?」
「……馬鹿馬鹿しい!」
開き直ったのか、マッチョは笑いながら、今度は矛先を僕に向けてきた。
「いいか? 大体、裕太と充がサングラスの男に襲われたっていう話も、裕太がそういっているだけでしょう? 本当かどうか分かりゃしない」
「じゃあ、裕太の肩の傷はなんです?」
「おおかた、また誰かと喧嘩でもしたんだろう」
「充に話を聞けば、本当かどうか分かるはずです」
「充も嘘をついているかもしれない! 二人で組んで、僕を陥れようとしているのかも!」
「いい加減にしてください」
自然と僕の語気は強くなった。マッチョは息づかいを荒くしながら、僕を睨み続ける。
「いい加減にしろ……か。それはこっちの台詞だな。他人のうちへ図々しく怒鳴り込んできたくせに、とんだいいぐさだ」
マッチョは肩を上下に動かしながら、じりじりと僕たちの方へ近づいてきた。まともに組み合えば、僕などひとたまりもないだろう。僕は裕太を抱きしめ、マッチョを真正面から見据えた。
とそのときインタホンが鳴り、ドアが激しくノックされた。
「すみません。警察の者ですが……」
マッチョの顔色が変わった。
つづく
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